メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.07.30

安心な五輪へリスク管理を

日本経済新聞夕刊【十字路】2021年7月2日に掲載

“食の安全”のリスクアナリシスは、リスクアセスメント(リスクを推定する科学的なプロセス)、リスクマネジメント(リスク軽減措置をとる行政的プロセス)、リスクコミュニケーション(関係者間の情報・意見交換)から構成される。

 「安全」とは、リスクアセスメントという科学的評価に基づく客観的な概念であるのに対し、「安心」とはリスクアセスメントを踏まえてリスクマネジメントにおいて考慮される心理的・主観的な概念である。遺伝子組み換え作物(GMO)は安全とされても安心ではないし、農薬を多投しているかもしれないが、隣の農家の野菜は安心である。政府は科学的に安全だと認めたGMOしか流通させないが、国民の不安を考慮してGMOを使用したという表示を義務付けている。

 五輪・パラリンピックに当てはめると、リスクアセスメントは尾身茂会長など分科会の専門家、リスクマネジメントは菅義偉首相以下の五輪関係者が行う。「安全・安心な大会」と言いながら、GMOと逆に、専門家が安全ではないとし国民の多くが不安を感じているのに、関係者は観客を入れた五輪を実現しようとしている。五輪会場へ行くことは、自粛すべき不要不急の外出にあたらないようだ。

 会場で観戦する少数者の便益が感染拡大で生命・身体が危険にさらされる不特定多数の国民のリスクを上回るとは思えない。五輪スポンサーだけでなく、海外の参加者を受け入れる自治体・宿泊関係者、ボランティア、医療関係者、会場周辺の市民など全てのステークホルダーとのリスクコミュニケーションが重要だ。リスクコミュニケーションに基づき適切なリスクマネジメントが行われ、国民を安心させるだけの安全対策が実施されることを期待する。