メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.06.29

食料品価格上昇の背景と食料安全保障

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!深よみ。(2021年6月18日放送)

通商政策

Q1:食料品の値上げが相次いでいますが、何が起きているのでしょうか?

トウモロコシ、小麦、大豆などの穀物などの国際価格(取引価格)が上昇しています。2014年から昨年までは低い水準で安定していましたが、大豆でトン当たり300ドルほどだったのが600ドル程度になるなど、直近の価格はその2倍になっています。

2008年、2013年にも、これらの価格が上昇しましたが、今回はそのときとほぼ同じ水準となっています。


Q2:(穀物などの価格が上がるというと、天候不順などを思い浮かべますが、)どんな理由があるのでしょうか?

世界全体では、生産は若干増える見通しです、需要の増加が関係しています。

2018年から中国でアフリカ豚熱という病気が大流行したため、中国の豚肉生産が大変落ち込みました。昨年から、その生産が回復、リバウンドしてきたため、豚に食べさせるエサ用のトウモロコシや大豆などの需要が増加しています。中国は世界の大豆輸入の6割を占めていますから、国際価格に大きな影響を与えます。

もう一つの要因は、昨年新型コロナの影響で暴落した原油価格の回復です。意外に思われるかもしれませんが、原油価格と穀物価格は関連しています。トウモロコシやサトウキビから作られるエタノールはガソリンの代替品です。ブラジルでは、サトウキビから作られるエタノールで自動車が運転されています。アメリカではガソリンにエタノールを混ぜて車を走らせています。トウモロコシの最大の生産国、アメリカでは、トウモロコシのエタノール向けがエサ用と同程度まで拡大し、この二つがトウモロコシ用途の7割以上を占めるようになっています。

原油価格が上がると代替品であるエタノールの需要も増えるので、トウモロコシの価格も上昇します。そうなると、トウモロコシの代替品の大豆や小麦などの価格も上昇します。こうして穀物や大豆の価格が原油価格にも連動するようになっています。


Q3:そうなると、私たちの食卓には、どのような影響があるでしょうか?

大豆の価格が上昇すると、大豆から作られる食用油の価格が上昇します。トウモロコシは家畜のエサとして輸入されていますので、牛肉、豚肉、牛乳などの畜産物の価格が上昇する可能性があります。小麦価格は、パン、スパゲッティ、ラーメン、うどんに影響します。

しかし、このような影響は限定されたものです。2008年穀物の国際価格は3倍に高騰しましたが、日本の食料品消費者物価指数は2.6%上昇しただけでした。なぜかと言うと、日本の飲食料の最終消費額のうち輸入農水産物は2%程度にすぎないからです。

(私たちが小売り業者から購入する)最終的な消費金額のうち85%は加工、流通、外食などへの支出です。我々の食費のうち農水産物への支払いは15%ほどです。

このため、輸入農水産物の一部である輸入穀物の価格が3倍になっても、全体の支出額に、ほとんど影響しないのです。


Q4
:穀物などの価格の値上がり。世界では、どのような影響があるのでしょうか?

国際相場が高騰すると、日本など所得水準の高い先進国に与える影響は限定的ですが、途上国の人たちには大きな影響を与えます。途上国では、貧しく所得のほとんどを食費、しかも穀物に支出している人が多いのです。例えば、所得の70%を食費に支出する途上国の人の場合、穀物の価格が倍になると、全体の支出額に占める割合が大きいため、食料を買えなくなってしまいます。

また、米のように、インドやベトナムなどの途上国が主な輸出国となっている場合は、国際価格が上昇すると輸出制限をする国が出てくるという問題もあります。インドなどでは、国際価格が上がると輸出が行われて国内の供給が減少するので国内の価格も上がってしまい、貧しい(国内の)人が食べられなくなります。これを防ごうとして輸出制限をします。

一方、トウモロコシ、小麦、大豆などの大輸出国はアメリカ、カナダ、オーストラリア、ブラジルなどです。これらの国は、生産量の半分以上を輸出しています。輸出制限をすれば、輸出に向けられた膨大な量が国内市場にあふれ、国内価格が暴落し、農家経済に打撃を与えます。また、これらの国は所得も高いので、輸出制限の必要はありません。米の輸出国でも、所得の高いタイは輸出制限をしません。


Q5:今回の世界的な穀物などの値上がりは、日本への影響は限定的とのお考えですが、日本では、どのような事態が起きると、食料品への影響が大きいのでしょうか?

日本の食料に危機的な状況が起きる可能性が高いのは、(国際的な輸入価格の上昇よりも)日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に近づけなくなるという事態です。

食料危機の時への対応は、備蓄と増産です。減反を廃止して米価を下げて、米の生産と輸出を増やすのです。米は減反で500万トン程度減産しているので、減反を廃止すれば大量の米を輸出できます。アメリカから小麦や大豆を輸入できなくなる危機の時には、それまで平時において輸出していた米を食べればよいのです。米の輸出はお金のかからない備蓄の働きをします。

(日本の食料危機に備えておくことは重要で、)国際価格の上昇を懸念する前に、やるべきことはあります。