コラム  外交・安全保障  2021.05.21

日韓対立を注視する中国:日米韓への楔打ちを狙う

国際政治・外交 朝鮮半島 中国

日韓対立は中国の関心事

歴史認識問題を中心とした様々な問題をめぐり、日本と韓国との間では長年にわたって摩擦が生じてきた。いわゆる徴用工問題をめぐる韓国大法院による日本企業への賠償判決や韓国軍の艦艇が自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる出来事があった2018年以降、日韓関係はさらに厳しい状況下に置かれている。

そのような中、ジョー・バイデン政権発足直後の20213月、アントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官の両者が閣僚就任後初の外遊先として日韓を立て続けに訪問した。このアジア歴訪を通じて明確になったように、バイデン政権は日韓関係の修復と日米韓の連携強化に着手している。

しかし、日韓対立に関しては、両国の同盟国である米国だけが強い関心を持っているわけではない。米国と対立する中国は、日韓関係を注意深く注視しているのだ。


中国から見た日韓対立

中国の日韓対立への見方に関しては、次の4つの特徴が見受けられる。ここでは、中国の主要メディアが紹介している有識者によるコメントを取り上げたい。

1つ目は、当分の間、日韓関係における諸問題が根本的に解決する見込みは低いという認識だ。歴史認識問題をめぐる両国間での確執は長年にわたっており、その解決にも時間を要することから、短期的に両国関係が大きく変わることはないとの見解が主流である(『新華網』2020812日、『解放軍報』2021125)

2つ目の特徴は、国内要因のために日韓両国が相互に強硬な姿勢を崩さないとの分析である。両国の指導者は外交関係よりも、自らの支持層や世論、あるいは支持率を最も気にかけていることから、あくまで国内事情を優先しながら相手に対して厳しい姿勢を貫いていると見られてきた(『中国網』20201019)

3つ目として、日韓間での国力の差の縮小が両国関係に影響しているとの見方がある。国力の上昇によって自信をつけた韓国が日本に対して強気な態度をとるようになったとの意見がある一方(『人民日報海外版』202125)、韓国が国際的な主要国として大きな役割を果たすことを認めたくない日本側が強硬になっているとの捉え方もある(『人民日報海外版』202079)

最後の特徴は、米国による日韓関係改善のための仲介には限界があるというものだ。バイデン政権は日韓間での調停者としての役目を果たそうとしているが、現状としてそれが功を奏してはいないとの評価がある(『人民日報海外版』202146)


なぜ中国は日韓対立に深い関心があるのか

中国がこのように日韓対立に目を光らせる理由は何であろうか。その最大の理由は、中国と激しく争う米国の存在にある。

中国メディアや有識者は、日韓関係の錯綜を把握しつつも、米国の主導によって日米同盟と米韓同盟が融合し、日米韓3ヵ国同盟が結成される可能性を指摘してきた。日本では日米韓の正式な同盟というシナリオは信じがたいかもしれない。だが、米国による対中包囲網を警戒してきた中国からすると話は異なる。その一方で、日韓の結びつきが不安定である以上、日米韓関係が正式な同盟へと発展する可能性は極めて低いことから、日韓対立は中国の対外環境に対する懸念の緩和に寄与したのだ。

さらに無視できないことは、米国が自国を地政学的に孤立させる思惑を有しているという中国側の前提である。すなわち、対中封じ込めを戦略目標とする米国が意図的に中国と近隣諸国との関係を妨げ、それらの国々を中国側から引き離しながら中国を孤立させることにより、対中包囲網を組もうとしていると理解されてきたのだ。そして、中国では米国が日中関係や中韓関係を妨害しようとしているだけではなく、日中韓協力も米国によって悪影響を受けてきたと信じられている。

この考えの代表例が、201510月に北京で開かれた日中韓協力に関するシンポジウムでの王毅外交部長による演説である。日中韓協力推進の条件の1つとして、王毅は政治的な相互信頼を高める必要性に言及した。その点に関連して、王毅は歴史認識問題で日本をけん制するかのように「歴史的な問題」に触れながらも、続けて「冷戦によって残った問題ならびに域外大国の要因」のために相互信頼の基盤が脆弱であると論じたのであった。名指しこそ避けているが、この発言は明らかに米国の存在を念頭に置いており、やはり冷戦期から続く日米同盟や米韓同盟を意識した上でなされたものだろう。

以上のように米国を警戒してきた中国にとって、バイデン政権による日米韓連携の強調は決して心地よく響くものではない。しかし、米国からの地政学的な圧力を和らげたい中国からすれば、日韓対立はバイデン政権による外交努力に水を差す上で好都合な状況を意味している。


中国の日米に対する反応と2021年の朝鮮半島情勢の展望

バイデン政権が日米韓の連携と日韓関係の修復に乗り出した一方で、中国もそれに反応する動きを見せている。

とくに顕著なのが韓国への接近だ。例えば、バイデン大統領が就任した直後の126日には、中韓電話首脳会談が実施されている。習近平国家主席が文在寅大統領に対して中韓両国が協力し合うパートナー同士であることを強調しているように、この電話会談は、中国が米国の新政権の動向を睨んだ上で行われたと見られる。43日には、中国の福建省アモイを訪れた韓国の鄭義溶外相と王毅国務委員兼外交部長との間で外相会談が開かれた。この外相会談では、中国側が5G、ビッグデータ、人工知能(AI)、集積回路などの分野における協力を韓国側に呼びかけた。これらの産業は米中対立における争点でもある。最先端技術分野での協力を呼び水にすることによって、韓国を中国側に引き付けたい思惑が垣間見られる。

さらに、中国が日韓間に楔を打つかのような対応に着目したい。413日、日本政府が東京電力福島第一原子力発電所に蓄積されている処理水を太平洋に放出する計画を承認した。すると、中韓両国政府は日本側の決定を即座に批判し、その翌日にはオンライン形式で初めてとなる局長級の海洋に関する協議を開いて、共同で強い遺憾の意を表明した。バイデン政権が日韓関係の修復や日米韓3ヵ国の連携に意欲的な姿勢を見せていることから、中国側には日韓の間に隙間風を吹かす狙いがあった可能性がある。加えて、日本政府による処理水放出の承認は菅義偉首相による訪米の直前であったことから、韓国との共同歩調を誇示しながら中国が日米をけん制する形にもなった。

とりわけ、3ヶ国の中で韓国は最も中国の標的になる。そもそも韓国は中国側の安全保障上の危惧に配慮する動きを見せてきた。2017年の文在寅大統領による日米韓安全保障協力が同盟に発展することはないとの声明は、中国側の警戒心を強く意識したものにほかならない。2016年に前朴槿恵政権が米国からミサイル防衛システムであるTHAAD導入を決定すると、中国は韓国に対する数々の報復措置を実施した。それとは対照的に、文在寅政権との関係改善には積極的になったことからも分かる通り、中国は韓国に対してアメとムチの両方を駆使する外交を展開している。その狙いが韓国を日米陣営から離間させることにあるのは間違いないだろう。

日韓対立への対応も含めて、2021年は中国をめぐる朝鮮半島情勢から目を離すことができない年になりそうだ。中韓両政府は、2014年以来となる習近平による2度目の訪韓に向けた調整を進めている。また、2022年は中韓国交正常化からちょうど30周年にあたることから、中国が韓国により一層接近していくことが見込まれる。さらに、今年は中国と北朝鮮の間で1961年に締結された中朝友好協力相互援助条約の20年ごとの更新(3回目)を迎える節目のタイミングとも重なる。

日韓関係に関しても、513日に日本を訪れていた韓国の朴智元・国家情報院長と菅義偉首相が会談を行ったとの報道があった他、文在寅大統領の訪米も間近に控えている。この先、日米と中国との間での朝鮮半島における駆け引きも加速していくと予想される。


日本への示唆

本コラムで論じてきた通り、中国は日韓対立の成り行きを看視している。日本としては、そのことを踏まえながら、外交・安全保障政策を練っていく必要がある。

ここでカギになることは、韓国との関係も含めた朝鮮半島情勢を感情論ではなく、地政学的な視点から冷静沈着に見ることだ。日韓間での世論の好悪が日本にとっての韓国ならびに朝鮮半島の地政学的価値を増減させなることはない。万が一朝鮮半島が中国の勢力圏下に入れば、日本の安全保障環境が劇的に悪化することは目に見えて分かる。

日韓関係の修復には時間がかかりそうだ。また、韓国側がいまだに日本を安全保障上の脅威として捉えている問題もしばらく解消しそうにはない。その他、文在寅政権が自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想や日米豪印の協力の枠組みであるQUADへの参加に消極的な態度を崩すこともないであろう。

それでも、日韓が協力を求められている構造が現出しつつあることも確かである。6月に予定される英国でのG7首脳会談に韓国も招かれている通り、国際秩序の変動期にある現在、民主主義国間での結束が課題となっている。そのことは、日韓関係改善の重要性がG7やその他の民主主義国にとっても増大してきていることを示唆する。感情論ではなく、地政学の現実に基づいた立場から、対朝鮮半島政策も含めた外交・安全保障戦略を進めていくことが日本にとって重要なのだ。