メディア掲載  外交・安全保障  2021.04.26

「天の時」得た日米首脳会談

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2021年4月23日)に掲載

本日、菅義偉首相がワシントンに向け出発する。日本では相変わらず内政・政局がらみの報道が少なくないが、今回はこの訪米の持つ国際政治上の意味に絞って書こう。

■日米会談がなぜ最初か

バイデン米政権初の対面首脳会談相手が日本の首相であることは偶然でも幸運でもない。米国の最大関心事が対中競争となった今、米外交を効果的に始動させるのは最早欧州、中東ではないのだ。日米首脳会談は両国首脳と外交安保専門家の戦略的判断が一致した最善の選択なのである。

■天の時

筆者は昨秋月刊誌Voiceに、孟子の「天地人」論を用いて安倍外交を総括する小論を寄稿したが、菅訪米の評価も基本的に同じことがいえる。孟子曰く「天の時は地の利に如かず」。今回の訪米で、「天の時」とは中国の台頭という東アジア国際戦略環境の激変だ。最近の香港・ウイグルへの中国の稚拙な対応が拍車をかけた。米外交の最優先事項は今や中国。今ほど日米の戦略的利益が一致する時期は他に思い付かない。

■地の利

「地の利」とは日米国内政治情勢の変化だ。2010年・12年の尖閣諸島をめぐる事件と当時の民主党政権の稚拙な対応で、中国への日本国民の意識は大きく変わった。米国でも今年、バイデン政権が誕生し、「中国と競争するため同盟国と連携」するプロの外交が漸(ようや)く戻ってきた。今ほど日米同盟の価値が重視される時代も他にはないだろう。

■人の和

「地の利は人の和に如かず」と孟子は言った。昨秋の小論で筆者は「菅首相の『人の和』は米大統領との相性」であり「バイデン政権であればプロの外交当局を通じた伝統的手法が最も効果的かもしれない」と書いた。幸い、バイデン政権では民主党系の経験豊富な外交専門家集団が復権した。その多くは日本にとって旧知のプロ集団だ。日米の政策立案・実行の連携がトランプ政権時代より容易になったことだけは間違いない。

■国益のためすべきこと

それでも日本ではまだ不思議な記事が散見される。米国への「土産」はあるのか、「踏み絵」を踏まされるのではないかといった旧態依然とした政局記事はもうやめたらどうか。より重要なことは日本の国益だ。「天地人」は揃った。今日本が考えるべきは、良好な日米同盟の下で、10年、20年後に日本の国益を最大化する新たな政策を立案・実行する方途だろう。「天は自ら助くる者を助く」と戒めたのは孟子ではなく、英国の諺だ。特に、インド太平洋の海洋における日本の「戦い方改革」は焦眉の急である。

■勢い、偶然、判断ミス

筆者にはこだわる理由がある。歴史は繰り返さないが、時に韻を踏む。筆者最大の懸念は主要国が、かつて第二次大戦に突入していった1920~30年代の如く、「勢い」と「偶然」と「判断ミス」により「政治誤算」を繰り返す可能性だ。先週米議会は中国を念頭に「戦略的競争法案」の審議開始を決めたが、米議会だって誤らないともかぎらない。1924年に「排日移民法」なる悪法を制定した前科があるではないか。

これからも中露、イラン、北朝鮮が「誤算」を繰り返す可能性は高い。されば2021年春の日米首脳会談はそうした国々、特に中国に「誤算」を繰り返させないための国際的努力の序曲となるだろう。幸い、今回の首脳会談では安全保障面だけでなく、経済協力や気候変動分野でも両国の連携を深めるという。日米関係を長く見てきた筆者には隔世の感すらあるが、日本は引き続き米国などと協力しつつ、中国に対し地域社会の責任ある一員として行動するよう求めていく責任がある。