刺々しい雰囲気のまま終わったアラスカでの米中外交トップ会談が号砲となったのか、先週、米中露の各国外相が動き始めた。ブリンケン米国務長官は欧州へ、ラブロフ露外相は東アジアへ、中国の王毅国務委員兼外相は中東へ向かった。今世界で何が起きているのだろうか。
流れは3月12日の日米豪印クアッド首脳会議から始まる。ブリンケン長官は16日に日米、18日には米韓の2プラス2会合に参加、18~19日の米中意見交換後は23~24日にベルギーのブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)外相会合、欧州連合(EU)外交トップらとの一連の会談をこなした。演説で同長官は中国を「加盟国共通の脅威」の筆頭に挙げ、「中国の強圧的な行動がわれわれの集団的安全保障と繁栄を脅かし、同盟国と共有する国際システムの規則や価値観を損なおうとしている」と発言。欧米同盟国が結束すれば「中国との競争に必ず打ち勝てる」と述べた。あれあれ、時代は変わったものだ。
以前であれば米国外交は欧州と中東を優先、アジアはどうなるかが日本にとっての最大の関心事だった。それが今や、米国の最大の関心事が中国・インド太平洋となりつつある。4月上旬の菅義偉首相の訪米は次のラウンド、すなわち首脳レベル外交の始まりでもある。昔の日米外交を知る者にとっては、実に隔世の感がある。
だが、ブリンケン長官に対する欧州側反応は「温かく歓迎、中身はこれから」だったし、米側も今回は「聞き手」に徹した。米側はあの手この手で「中国の脅威」を売り込んだが、欧州側はNATOの信頼性、アフガニスタン、イラン、独露パイプラインなどにより関心が高く、米EU間で中国に関する協議開始に合意した以外成果はなかった。
これに比べて中露の動きは実に素早い。アラスカ会談後の3月22~23日には中国・桂林で中露外相会談が開かれ、「米国は近年世界の平和と発展を損なってきたことを反省し、他国への内政干渉をやめよ」と口をそろえ批判した。
その後25日、訪韓した露外相は北朝鮮が新型ミサイルを発射する中、6カ国協議を念頭に「全ての関係国による交渉プロセスの早期再開」を支持すると表明した。
一方、中国外相は24~30日の日程で中東を歴訪、まず24日にはサウジ外相・同皇太子と会談した。サウジ側が沈黙する中、中国メディアは「サウジはウイグルや香港に関わる中国の正当な立場を支持した」などと宣伝している。その後はトルコ、イラン、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーンを訪れたが、訪問先は明らかに米国との関係が微妙な国と湾岸アラブ産油国を中心に厳選されていた。いくら中国でも事前準備なしにこんな日程は実現しない。中国はアラスカでの結果を早くから予測し次の手を周到に準備していたのだ。
特に、内外メディアが注目したのは26日のイラン訪問だ。経済や安全保障に関する25年間の協定が締結され、報道によれば、中国がエネルギー、鉄道、5G通信整備などに計4000億ドル(約44兆円)投資するのに対し、イランは原油・ガスを低価格で提供するという。
あれあれ、またいつもの情報戦、というのが筆者の率直な印象だ。中国イラン関係を過小評価すべきではないが、巨額かつ長期の対イラン投資を中国は本当に実行できるのか。米国を敵に回してまでイランを守るのか。到底そうは思えない。されば、これらの動きはいずれも今後10年20年を見据えた各国の政治的ジャブと見るべきだ。米中間の覇権争いはまだ始まったばかり、日本外交には正しい戦略的思考と判断が必要である。