メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.03.08

食料危機は本当に起きるのか?

論座に掲載(2021年2月21日付)

農業・ゲノム

先日放送されたNHKスペシャル『2030 未来への分岐点「飽食の悪夢~水・食料クライシス」』は、食料危機で日本にも飢餓や暴動が起きかねないと警告するものだった。

しかし、果たして食料危機は起きるのだろうか? NHKスペシャルのファクトチェックを行うとともに、この番組が必ずしも十分には提示しなかった「では、日本は何をすべきか」を検討しよう。

NHKスペシャル「飽食の悪夢~水・食料クライシス」

細部までフォローできているわけではないが、番組はおおむね次のようなものだった。

計算上は、世界には全ての人に必要なカロリーを提供する穀物生産がある。しかし、飢餓人口が増加し8億人に達している。その理由は、先進国などに肉の消費が偏っているからである。牛肉1㎏を生産するのに、6~20㎏の穀物が必要となる。穀物の3分の1は家畜のエサに使用されている。

その穀物を生産するのに大量の水が必要となる。大量の穀物を使用する牛肉では、1㎏の生産に風呂77杯分の水が必要となる。日本が食料を輸入することで間接的に輸入している水は日本の年間の水使用量に匹敵する。このため、生産国では地下水が枯渇している。穀倉地帯であるカンザス州の農地に地下水を供給しているオガララ帯水層は10年間でなくなるかもしれない。干ばつが起きた南アフリカではワイン生産のために水の囲い込みを行っている。ワイン1本にスラム街の人が必要とする2週間分の水が使われ、先進国の我々はこうして輸出されたワインを消費している。このような食料生産は持続可能ではない。

食料生産の偏りを生むきっかけになったのは、1960年代の緑の革命である。緑の革命は、農薬や化学肥料を大量に使用して収量を飛躍的に増大させた。また単一品種の大規模栽培が実現し、食料の生産国と消費国がはっきり分かれるようになった。現在では食料輸出の80%以上を20か国が独占している。トウモロコシの場合は、アメリカやブラジルなど5ヶ国が75%以上を輸出している。

水や食料に偏りがある。温暖化によってこれらの国が同時不作になって輸出が制限されると、世界中で飢餓や暴動が起き、食料の生産はさらに不安定化する。レバノンでは、スーパーに食品があふれているのに、多くの人は高くて買えない。日本でも数%の確率で暴動が起きる。途上国では、欧米資本によるカカオ、コーヒーなどの商品化作物のプランテーションのために、多くの小規模農民は土地を奪われ、森林を伐採して農地を切り開いている。

他方で、生産国では農産物の価格維持のために、生産物の3分の1が廃棄されている。さらに、先進国では食料の3分の1は廃棄されている。この食品ロスに対する取り組みも開始されている。

温暖化ガスの4分の1は食料システムに由来している。これを解決しようとして、大豆から作られた人工肉を生産・消費しようとしたりするなどの取り組みも行われている。穀物による牛肉等の生産に比べ、人工肉は水の使用や温暖化ガスの排出を9割近く削減できる。また、食生活を見直すため、牛肉や豚肉の消費を先進国では8割、日本では7割削減することが提唱されている。アフリカでは、小規模農民による不耕起栽培によって肥料・農薬や水の利用を抑え生産を増加させようとする取り組みが行われている。

さらにまとめると、「先進国が肉を消費するために、大量の穀物、間接的には大量の水が食肉生産に使用されている。これが水資源の枯渇を生んでいる。さらに、緑の革命の結果、世界の輸出国は少数の国に独占されている。他方で、先進国では大量の食品ロスがある。飽食を改め食生活や生産システムを見直すべきだ」ということだろう。

飽食に警鐘を鳴らすことは良いことであるし、食品ロスは減少すべきである。穀物によって食肉を生産することは、環境問題を引き起こすとともに、草で飼養された肉に比べオメガ6が多くなるので健康にもよくない。世界的には畜産は牛のゲップにより温暖化ガス(メタン)を大量に放出するという問題もあるので、縮小すべきという方向に向かっている。さらに、日本の畜産は輸入穀物を利用して行われるので、糞尿を通じて大量の窒素分を国土に滞留させてしまう。それなのに、日本では、農林水産省の畜産部を局に昇格させるなど、畜産を積極的に振興しようとしている。

しかし、番組では意欲が前のめりになって、食料危機を煽りすぎているのではないかという懸念を持った。番組で紹介されたWFP(国連世界食糧計画)の事務局長の発言の趣旨と全体的な番組の流れには、少しずれがあるように思われた。ファクトチェックをしてみよう。

オガララ帯水層についてファクトチェックすると

まず、水問題を取り上げて、カンザス州とオガララ帯水層を紹介している。

しかし、アメリカで最も土地が肥沃な穀倉地帯は、中西部のコーンベルトと呼ばれる地域である。土地がもっとも肥沃なこの地域では、トウモロコシと大豆が生産されている。小麦地域であるカンザス州はコーンベルトには接しているが、そこからは少し外れている。小麦はトウモロコシや大豆に比べると収益が劣るので、コーンベルトでは生産されない。

コーンベルトとは、ミシガン、オハイオ、イリノイ、インディアナ、ミネソタ、ウィスコンシン、アイオワ、ネブラスカなどの各州で、大学のスポーツ連盟であるビッグ10カンファレンスと呼ばれる地域とほぼ重なっている。この中で最も有名な農業州は、フィールド・オブ・ドリームスというケビン・コスナー主演の映画の舞台となったアイオワである。アイオワは全米で生産額2位を争う農業州である。残念ながら、カンザス大学はビッグ10に所属していない。

しかし、アイオワでは灌漑はほとんど行われていない。降雨を使っている("rainfed"という)だけである。ネブラスカの一部地域を除いて、他のコーンベルト地域の州も同じである。ネブラスカやカンザスは灌漑を行っているが、主として河川水(それぞれプラット川とアーカンソー川)の利用である。オガララ帯水層の地下水を利用しているのは、ネブラスカ、カンザス、テキサス、コロラドの一部地域に限られている。

オガララ帯水層が枯渇することは好ましいことではないが、かりに枯渇したとしても、コーンベルトの農業生産に支障は生じない。また、ヨーロッパも一大穀物生産地域であるが、ここも降雨を使い、灌漑はほとんど行っていない。

つまり、世界には降る雨水を利用するだけの農業と、ダムや河川、地下水を利用した灌漑農業がある。番組でも紹介されたように灌漑農業は世界の水使用量の7割を使用していると言われるが、地下水の利用はその一部に過ぎない。日本でも、水田などに灌漑は多く使用され、農業用水は全ての水使用量の7割を占めるが、地下水利用は農業用水の5%程度に過ぎない。

なお、番組が紹介している不耕起栽培(耕さないで収穫後の葉や茎などを畑に放置して水分の蒸発や土壌の流出を防ぐ)という方法は、1930年代ダストボウルという土壌流出に悩まされたアメリカ農務省が、土壌保全局(今の名称は自然資源保全局)という組織を作って、その防止に努める過程で考え出された方法である。

緑の革命についてファクトチェックすると

農業の研究者の多くは、緑の革命によって大規模・大量生産が行われるようになり、特定の輸出国の独占が拡大したというNHKスペシャルのナレーションに、相当な違和感を持ったのではないだろうか。短気な人なら、ここでテレビを切ったかもしれない。緑の革命とは、このようなものではないからである。

緑の革命とは、小麦と米の多収量品種の開発による途上国における穀物の増産である。これは、1960年代後半までにアジアと南アメリカの熱帯地域で大幅な穀物増産をもたらした。

しかし、限界もあった。それらの品種は十分に肥料を投下しなければ高い収量をあげることができない品種であった。また、高い収量を挙げるためには背丈の短い品種でなければならなかった。背が高いと多くの穀実を維持できず倒れてしまうからである。東南アジアの洪水の多い地域では浮稲という背が高い品種が使われていたが、短稈・短性品種を栽培するためには水の管理ができなければならなかった。このため、多収量品種は水管理が難しく無肥料栽培とならざるをえない水田では効果をあげることはできなかった。米では、その利用は灌漑水田に限られた。また、緑の革命は米と小麦に限られ、アフリカの常食である雑穀、豆類、イモ類には及ばなかった。

緑の革命は、途上国における米と小麦の増産であって、アメリカ、ブラジル等における農業の規模拡大や生産増加とは、全く別物である。アメリカ等ではこれより以前から穀物の生産性は向上してきている。

また、特定の国が輸出を独占したとしても、それらの国が輸出制限を行うことはない。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ブラジルなどの主要穀物輸出国が輸出制限を行うことはあり得ない。二度輸出制限を行ったアメリカは大きな痛手を被った。これに懲りたアメリカはもう二度と輸出制限しない。これについては、論座『農業利権プレーヤーが煽る「食料危機」論に惑わされないための穀物貿易の基礎知識』(2020年05月18日)を参照していただきたい。

また、温暖化によって世界同時不作が起こるのであれば、これまででも穀物生産に影響が生じているはずである。しかし、穀物生産は順調に拡大してきている。

番組では、外国の環境経済学者にインタビューをして、温暖化による不作、輸出制限によって暴動等が起きると主張させていたが、この人は農業や食料貿易などについての基礎的な理解がなかったようだ。

レバノンの問題の本質

スーパーに食品がたくさんあるのに、高すぎて買えないというのは、番組が主張している食料危機のケースなのだろうか。

食料へのアクセスが問題となるケースが二つある。一つは、そもそも食料がないとか、港には届いても物流インフラが整備されていないため内陸の村には届かないといった、物理的なアクセスが問題となるケースである。日本でも東日本大震災の際、被災地域ではお金があっても食料を入手できないという事態が生じた。軍事的な紛争等でシーレーンが破壊されると海外からの食料に依存する日本では食料危機が起こる。番組が報道しようとしているのは、世界的な不作により、日本に食料が届かないというこのケースであるが、前述したように、このような場合は想定しにくい。

もう一つは、経済的な理由で食料にアクセスできない場合である。これは食料を買える資力がない、経済的な貧困の場合である。途上国の場合には、貧困層が多く、価格が上昇すると、貧しい人が食料を買ないというケースが起きる。これが食料援助・支援を担当するWFPの事務局長が主張していたことではなかったのかと思う。彼ももう一人の専門家も、世界中の人口を養うだけの十分な食料生産があることを述べたうえで、食料システムにショックが起きると貧しい人に影響が及ぶと話していた。

レバノンの場合は、これに該当する。しかし、スーパーに食料があふれていることは、誰かが買っているということである。レバノンでも豊かな人たちは、食料品価格が高騰しても、食料を買えないことはない。つまり、これは経済格差の問題であって、番組が主として対象としている食料危機のケースとは異なる。私が番組の制作者だったら、原油輸価格低下等による経済破綻によって店にモノもなく国民にカネもないというベネズエラの現状を紹介しただろうと思う。

日本は何をなすべきか?

飽食をなくすべきだというのは良いことだし、食品ロスを減少させたり、肉の消費ではなく人工肉の消費を増加させたりすることも、必要だろう。しかし、それだけでは十分ではない。

2月16日、私は国会の衆議院・予算委員会に参考人として呼ばれ、食料・農業政策について意見を述べた。そのあとで、食料自給率向上のための具体的な方法はないのかと問われた。私は、おおむね次の通り答えた。

食料自給率というのは、国内生産を消費で割ったものである。終戦直後輸入がなく皆が飢えていた時代の食料自給率は、国内生産と消費が等しいので100%である。今でもアメリカ等から輸入をストップさせれば、100%の自給率は達成できる。しかし、だれもこのような事態が望ましいとは思わないだろう。食料自給率は、農林水産省が作った中で最も成功したプロパガンダである。60%も外国に食料を依存しているというと、農業に予算をつけなければならないと思ってくれる。しかし、最も空疎な内容のものである。

食料自給率は問題の多い概念であるが、引き上げる方法がある。それは輸出である。輸出とは国内の消費以上に生産していることだから、輸出すれば食料自給率は100%を超える。フランスやアメリカの食料自給率が100%以上なのは、そのためである。

日本政府が輸出を振興しようとするのは良いことだ。しかし、決定的な問題がある。価格競争力を無視していることである。いくら良いものでも高ければだれも買わない。いくらベンツが好きでも1億円の値段ならレクサスを買う。車でもカメラでも、良いものを安くというのが日本の輸出産業が成功した理由である。

では、具体的には何をすべきか? 減反廃止による米価格の低下、これによる米輸出の増大である。米は減反で500万トン程度減産しているので、減反を廃止すれば大量の米を輸出できる。また、収量の高いカリフォルニア並みの品種を採用すると、もっとたくさん輸出ができるようになる。品質面では、日本米は海外でも高い評価を得ている。価格が下がれば、鬼に金棒だ。米だけで1兆円を超える輸出が可能である。

日本で食料危機が起きる可能性が最も高いのが、シーレーン破壊によって、農産物を積んだアメリカやオーストラリアからの船が日本に近づけなくなるときである。アメリカ等から小麦もトウモロコシも牛肉も入ってこない。どうするのか? 飢餓が生じるときに、贅沢は言っていられない。パンや牛肉を食べるのを我慢して、平時において輸出していた米を食べるのである。米の輸出はお金のかからない備蓄と同じような働きをする。

米・水田農業こそ最も持続可能な農業である。一粒から米は小麦よりも多くを生産できる。世界の14%の面積を占めるに過ぎないモンスーンアジアが世界人口の6割を養うことができているのは、このおかげである。しかも、地下水の枯渇、土壌流出、塩害、連作障害もない持続可能な農業である。20世紀初めに東アジアを訪問したウィスコンシン大学キング教授は、この水田の力に驚き1911年“Farmers of Forty Centuries” (東亜4千年の農民)を出版している。

さらに、水田は、水資源の涵養、洪水防止、美しい景観など多面的機能を発揮する。それなのに、水田を水田として利用しない減反政策を半世紀を超えて実施し、主食である米の生産を減少させようとしているのは、環境や食料政策という観点から間違っているのではないだろうか?

減反を廃止して米価を下げれば、国内の貧しい人たちの負担を軽減することが可能となる。米価が下がっても、主たる収入源が農業ではない兼業農家の人たちは影響を受けない。これで専業農家の人たちが影響を受ければ、欧米の農政が行っているように直接支払いを交付すればよい。その総額は、今の減反補助金3千~4千億円よりもはるかに少ないものとなる。国民は、消費者としても納税者としても負担を大きく軽減することが可能となる。

次のNHKスペシャルでは、我々日本人自身が解決できる、この身近な問題を取り上げてもらえないだろうか?