メディア掲載  外交・安全保障  2021.03.05

米が軍事行動 今、中東で何が

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2021年3月4日)に掲載

国際政治・外交 米国 中東

先週米軍が、シリアにある親イラン系の武装グループ施設を空爆した。バイデン政権初の軍事行動だったが、なぜ今、しかも中東なのか。ほぼ同時期、米諜報機関はサウジアラビア皇太子が同国の政敵ジャーナリスト殺害を承認したと公表した。ホルムズ海峡周辺のオマーン湾ではイスラエル貨物船が攻撃を受けた。中東で一体何が起きているのか。筆者の見立てはこうだ。

本質は米イラン代理戦争

ハンムラビ法典の「目には目を」を地で行く中東の事件には必ず因果がある。2月25日の米軍空爆も、直接には15日に起きたイラク北部の米軍基地に対する攻撃への報復だ。だが、これら一連の動きは必ずしも単なる「報復の連鎖」ではない。米国とイランは基本的に直接は戦わない。筆者は一連の動きを、トランプ政権発足以来再び激化した米国とイランの間の静かな代理戦争の一局面と見ている。

「推進派」対「拒否派」

昨年11月の米大統領選におけるバイデン氏勝利で、イラン核合意への米国復帰が現実味を帯び始めた。11月25日、イランのロウハニ大統領は「状況がトランプ政権発足以前に戻れば問題解決は容易」と述べ、米国に秋波を送る。しかし、これには核合意の復活を忌み嫌う内外の諸勢力が黙っていなかった。

2日後の11月27日、イラン首都テヘラン市近郊でイラン核開発の中心人物が正体不明の武装勢力に暗殺された。米イランの対話復活を阻止したいイスラエルの仕業ともいわれるが、真相は不明。これに対し、12月2日、イラン国会はウラン濃縮活動の即時拡大と国際原子力機関(IAEA)が行う査察の受け入れ停止を求める法律を可決する。

対話を模索する米国

バイデン政権発足直後の1月27日、イスラエル国防軍参謀総長は「イラン核合意への復帰は誤り」と述べ、バイデン政権を公然と批判した。バイデン政権は2月5日、イランが支援するフーシ派の「テロ組織」指定撤回の意向を議会に通知したと公表。イランに対する秋波なのだろうが、イラン国内には米国との対話に断固反対する強硬派が-。

対話をめぐる綱引き

案の定、2月15日、イラク・クルド自治区の米軍基地が親イラン勢力によるロケット弾攻撃を受け、民間業者1人が死亡した。さらに23日、イランはIAEAの「追加議定書」の暫定履行を停止するとも発表。こうして25日、ついに米国はシリア東部でイランが支援する武装グループに対し爆撃を実施したのだが、これでイランの強硬派が黙っているはずはない。ほぼ時を同じくして、オマーン湾でイスラエル企業所有の貨物船が何者かの攻撃を受けた。

このように現在中東では、米国、イスラエル、イラン内の対話促進派と対話拒否派が入り乱れ、互いに足を引っ張り合う状況が続くと見る。

米諜報機関報告書の意味

2月26日、米国家情報長官室は、3年前のサウジ人ジャーナリスト殺害作戦をサウジ皇太子が「承認した」とする報告書を公表した。これを筆者はサウジよりも、イランに対するメッセージと見る。米国はイランの宿敵である「サウジアラビアに勝手なことはさせない。イランは今こそ譲歩すべし」ということだ。

紙面が尽きてしまった。6月にはイラン大統領選があり、強硬派の大統領が誕生する可能性もある。されば、米イラン対話のチャンスはあまりに短い。対イラン対話を進めたいバイデン政権と、これを何とか潰したいイスラエルとイランそれぞれの強硬派は互いに影響力を競っている。3月にイラン暦正月が来る。米イラン交渉は今後1カ月、最後の正念場を迎える。