メディア掲載  外交・安全保障  2021.02.15

米新政権と日本メディアの悪癖

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2021年2月4日)に掲載

国際政治・外交 米国

コロナ禍が続く中、ジョー・バイデン新大統領就任から2週間が経った。先週には早速日米首脳電話会談があったが、予想通り、日米関係は予測可能性が高く不確実性の少ない、無難な船出となった。しかし、日本メディアは菅義偉政権に容赦がない。


コロナ禍での支持率低下はある程度仕方がないが、先日某テレビ局から、米新政権が「菅外交に強い不満と警戒心」を持ち「口先の日米同盟強化を不安視」している、対中政策もオバマ時代に失敗した「戦略的忍耐」を踏襲するのは本当か、と聞かれたときは流石に驚いた。うーん、なるほどね。過去44年間、米政権交代に関する日本の報道ぶりを見てきたつもりだが、米新政権の動向を「日本の政局」から見ようとする日本メディアの悪癖はちっとも変わらない。事実に基づかず近視眼的で、往々にして内政にしか関心のない「外交報道」はもうやめにしたらどうだろうか。


米大統領選と日本の政局報道の奇妙な関係に初めて気付いたのは1976年、筆者がまだ米国留学中の頃だった。当時は米上院外交委員会多国籍企業小委員会のフランク・チャーチ委員長が米多国籍企業の悪行を追及していた。その一環で明るみに出たのがロッキード事件で、当時もさまざまな陰謀論が流布されたが、その本質が大統領選に野心を持つ若き民主党上院議員の暴走だったことは誰も触れなかった。


外務省入省後もこの種の内政報道ギャップは続く。80年には共和党のレーガン大統領が当選、翌年の日米首脳会談では「日米同盟の軍事性」が日本国内で政治問題化し、当時の鈴木善幸首相は82年に退陣する。後継の中曽根康弘首相は「ロン・ヤス関係を構築」したと喧伝(けんでん)する。その後の大統領は88年選挙の父ブッシュ、92年のクリントン、2000年の子ブッシュ、08年のオバマ、16年のトランプ各氏と続いたが、当時日本の竹下登、宮沢喜一、森喜朗、麻生太郎、安倍晋三各首相はいずれも「警戒する米政権」報道に悩まされた。


話をバイデン新政権に戻そう。同政権の最大関心事はワクチン早期接種などコロナ対策とトランプ政権の遺産の除去だ。そのため新大統領は就任初日から、気候変動対策の「パリ条約」復帰、国境の壁建設中止など、矢継ぎ早に十数の大統領令に署名している。このことを厳しく批判したのがあのニューヨーク・タイムズ紙の社説だ。「大統領が代わる度に前大統領の政策を大統領令で覆すのはやめ、正々堂々と法改正で改革すべし」という正論だが、同社説は外交には言及しない。今バイデン政権は、対中政策も含め、トランプ外交政策一般につき慎重に見直しを行っているからだろう。されば、米新政権が「菅外交に強い不満と警戒心」を持つとか、対中政策は「戦略的忍耐」だといった報道が如何に事実に基づかない、近視眼的なものかが分かるだろう。

バイデン政権の対アジア政策を、匿名の国務省員や日本在住の米国人記者のコメントで推測するのは邪道である。新政権の外交政策を知りたいなら、記者会見などの公開情報を丁寧に読めばよい。冒頭紹介した対中政策「戦略的忍耐」論も、ホワイトハウス報道官会見を丁寧に読めば、それが対中政策の基本方針では必ずしもないことが分かる。


この種の日本語の報道が間違っているとは言わない。だが、真実はより複雑かつ重層的である。もう「日本の政局」というレンズだけで見るのはやめよう。米新政権の動向については、それが新政権であるからこそ、事実に基づく、慎重かつ冷静な情勢分析が必要である。