Q1:次期大統領となったバイデン氏。山下さんは、トランプ大統領の違いをどのように見ていますか?
トランプ大統領の場合には、部下の意見を聞かないで、トップダウンで政策を決定してきました。部下が外国政府と合意した内容を、ひっくり返すことも度々行いました。これでは、部下も相手方も安心して仕事できません。
バイデン氏は温厚で人の話をよく聞いてから判断します。つまり下からのボトムアップの政治家です。意思決定を行うのに時間がかかるという問題はありますが、いったん政府の方針として決定されると、ぶれることは少なくなります。
外国政府もアメリカ政府の担当者と意見交換をすることを通じて、アメリカ政府の考え方を知ることができるし、その政策に影響を与えることが可能となります。
Q2:バイデン次期大統領は、各国との貿易交渉にあたる通商代表を任命したそうですが、どのような人物なのでしょうか?
中国との貿易問題に精通する法律家で、両親が台湾出身の、キャサリン・タイ氏です。
タイ氏は、2007年から7年間、アメリカの通商代表部で、中国による知的財産権の侵害や産業補助金の問題をめぐるWTO=世界貿易機関への提訴などに関わっています。
Q3:トランプ政権で激しくなった米中対立ですが、バイデン政権では、対中国の通商政策はどのように変わりそうですか?
アメリカでは、中国に対して強く対応すべきだということに、党派を超えた支持があります。しかし、方法は異なります。トランプ大統領は関税を引き上げて中国に言うことを聞かせようとしました。しかし、中国はアメリカ産大豆の関税を引き上げたため、アメリカ農業は打撃を受けました。
バイデン政権になると、力ではなく、国際的な取り決めを利用して、中国に政策変更を求めようとすると考えられます。
Q4:バイデン次期大統領は、具体的にはどのように動くのでしょうか?
(貿易の国際的な取り決めとして、WTOがあるが、)タイ氏がWTOに訴えた時と異なり、現在WTOの紛争処理手続きは、アメリカが裁判官にあたる人の任命を拒否しているので、機能していません。WTOを利用したいのなら、まずアメリカはその機能を復元する必要があります。しかし、WTO協定は30年近く前に作られたものです。中国が投資しようとする企業に技術を移転するよう要求することなどを規制していません。
バイデン氏はオバマ政権の副大統領でした。そのオバマ政権が、WTOに代わるものとして力を入れたのがTPPです。投資企業に対する技術移転要求などアメリカが中国に要求しているものはTPPに書かれています。TPPが拡大すると、将来中国もTPPに入らざるを得なくなる。その時に中国にこれらの規律を課そうとしたのです。
ただし、アメリカでは、TPP脱退に見られるように、国際的な競争から自国の産業を守るという保護主義的な動きが高まっています。TPPへの復帰には、国内の説得に時間がかかるかもしれません。
Q5:中国は先月20日、TPP=環太平洋パートナーシップ協定への参加を「積極的に検討する」と初めて表明しました。これはどんな動きなのでしょうか?
中国はアメリカの大統領選挙後の政治の空白や混乱を突いてきました。アメリカがTPPから離れているうちに、逆に、中国がTPPに関心を持つようになっています。
しかし、TPPに参加しても、TPPのルールに沿った措置をとらないのであれば、意味がありません。加入交渉において、TPPのルールに反する措置は是正していくよう、中国に求めていくべきです。
アメリカが主導して作ったTPPのルールですが、これに従った行動を中国がとることは、日米両国にとっても好ましいことです。アメリカがTPPに復帰すれば、中国に要求しやすくなります。そのために、日本政府はアメリカの新政権や議会関係者等に外交努力を傾注すべきです。
Q6:最後に、バイデン新政権での日米の通商交渉はどうなるのでしょうか?
日米の二国間の交渉で圧力をかけるというトランプ政権のやり方はとらないのではないかと思います。
トランプ政権と合意(今年1月1日に発効)した日米貿易協定では、(「コメ」に関しては新たな輸入枠を設けないことになった。そのため、アメリカ側としては)日本の米市場へのアクセスなど積み残しがあります。
一方、アメリカも日本に対して自動車関税の撤廃など積み残しがあります。
しかし、これらについては、TPP交渉の際に行われた日米間の合意で一応の決着がついています。アメリカにとっても、これらの案件を処理するためにも、中国に対応するためにも、TPPに復帰することが望ましいと思います。