メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.12.08

豊作を嘆く農協~菅首相に既得権打破の覚悟はあるか 米の輸出拡大を阻む最大の要因は、減反による米価維持だ

論座に掲載(2020年10月16日付)

農業・ゲノム

米問題が各紙をにぎわせている。ここでは、何がなぜ問題になるのか、表面ではなく、本質の部分を話したい。


減反面積は水田全体の4割を超える

今年の米の作柄は101で平年収量をやや上回る。とりわけ豊作というものではない。それなのに、農協や自民党の農林族が、生産が増えてしまったと大騒ぎしている。

生産のデータを示そう。水田面積は240万ヘクタール、主食用米作付面積は137万ヘクタール、この差が、政府が農家に34千億円ほど払って他の作物を作らせる減反である。減反面積は水田全体の4割を超える。

予想生産量は735万トン。減反を強化して前年から米作付面積を13千ヘクタール減少させたが、作柄が101なので、生産量は前年を9万トンほど上回る。これは農林水産省が示している適正生産量”709万トン~717万トンを20万トンほど上回る。

適正生産量とは、2014年までに政府が減反目標として示してきた米の生産目標数量の代わりに示しているものである。適正生産量に強制力はないという建前になっているが、実際にはこれに基づいて減反が推進されている。

いずれにしても、予想を超える生産増と今年の需要減を入れると、来年の在庫は適正水準とする180万トンを超える220万トンになるという。

農協や自民党の農林族は、在庫が増えることで米価が下がることを心配しているのだ。米行政を40年以上も見ている者としては、またかという感想だ。



「不作」を祈る農水省・農協

農家はできれば米を作りたい。機械化の推進で、米は一番簡単に作れる作物になっているからだ。

減反政策の柱である転作補助金は、本音は米生産の減少による米価維持の手段だが、建前としては、水田で米の生産を止めて小麦など過剰ではない農産物を作って食料自給率を上げるという口実の下で交付されてきた。

しかし、サラリーマン稼業の片手間に米を作っている兼業農家からすれば、減反のための転作補助金をもらっても小麦や野菜などを作る技術はない。転作補助金目当てで植えても収穫しないという捨てづくりも行われてきた。

米を作るのならこの問題はないので、とうとう2008年には、主食用以外ならエサ用の米も転作扱いするとして、エサ用の米にも転作補助金を払うようになった。

このように、減反は農家には不評なので、無理強いできない。したがって、作柄が少しでもよくなると、たちまち過剰になるような甘い生産調整・減反が行われてきた。

綱渡りのような生産調整・減反計画なので、農林水産省や農協の担当者は、生産が増えないよう、できれば不作になるよう、出来秋までひたすら祈ることになる。彼らにとって、豊作は悪夢だ。

今年のような豊作とは言えない作柄でも、過剰感が高まり、彼らは価格低下に怯える。供給が増えると、米価が下がらないよう、農協は永田町に圧力をかけて対策を講じさせる。この茶番が繰り返されてきた。



米価が下がっても農家は困らない

しかし、米価が下がっても、米農家は困らない。

米農家のほとんどは、本業がサラリーマンの兼業農家とサラリーマンを辞めた年金生活者である。平均的な生産規模は1ヘクタール程度と極めて小さい。

北海道の主業農家は、都府県の米農業を、家庭菜園を少し大きくしたくらいとからかう。米については零細な農家が大量に滞留している。このため、農家の7割程度が米を作っているのに、米は農業生産額全体の2割にも満たない。

1ヘクタール以下の農家の所得はゼロである。100万円ほどの米販売収入があっても、肥料、農薬、機械などの支払いが同じ額ほどある。これらの米農家の家計は米生産に全く依存していない。米価が1割や2割下がっても大きな影響はない。

米農家の中にも1割程度は主業(専業)農家がいる。彼らの中には100ヘクタールほどの規模を持つ農家もいる。彼らは、農林水産省の収入保険制度に加入しており、米価が下がって収入が減っても、その分補てんされるので影響はない。



米価の影響を受ける茶番劇の主役は誰か?

では、誰が困るのか? JAと呼ばれる農協である。

銀行は他の業務を禁止されている。しかし、JAは、農産物の販売、肥料・農薬・機械の販売以外に、銀行、生保、損保業務を行うことができる日本唯一のオールマイティの法人である。

酪農や果樹などには、JA以外に生乳や果物などを販売する専門農協がある。しかし、米だけは例外だ。戦後農協制度が発足して以来、JA以外に米を扱う農協はない。

他の農業と異なり、米に専門農協はない。JAは米とともに発展してきた。JAは米の専門農協ができることを警戒した。

政府が米を買い入れていた食糧管理制度時代、JA農協は米価引き上げの一大政治運動を展開した。毎年67月の米価決定時期になると、米価を巡る政府と農協・農林族の攻防が新聞の1面をにぎわせた。米価が上がるとそれに応じた販売手数料が増加する。また、肥料、農薬、機械などの農業資材も農家に高く売れるので、ここでも販売手数料を稼げる。

当時の米価の算定方式では、肥料などの農業資材コストは米価の中に満額算入されることになっていたので、農協が農業資材価格を上げると米価も上がるという、農協にとって実にオイシイ仕組みだった。日米で同じ原材料を使っているのに、日本の農業資材の価格はアメリカの二倍もする。

1995年に食糧管理制度が廃止された後は、生産・供給を減らすことによる減反で米価は高く維持されている。2014年安倍総理(当時)が「減反廃止」と言ったのはフェイクニュースである。このときは、政府による「米の生産目標数量」の配分を止めただけである(『もうやめて!「減反廃止」の“誤報”』参照)

1970年に減反を始めて以来、減反推進のコアになっているのは、減反面積に応じて払われる「転作(減反)補助金」(今の名称は「水田活用の直接支払交付金」)である。この補助金を維持する以上、「減反廃止」とは言えないし、米価は下がらない。現に、米価は2014年以降上昇した。

米価を市場価格よりも高く維持することで、農協は、多数の零細な兼業農家や高齢農家を温存できた。彼らは農業所得の4倍にも上る兼業所得(工場、学校、病院勤務などのサラリーマン所得)や年金収入を農協の口座に預けた。農協の預金額は百兆円を超え、日本第二のメガバンクに発展した。高米価とJA農協のオールマイティ性が絶妙にかみ合った。

高米価こそ農協の発展の基礎である。

逆に言うと、米価が下がると、農協発展の歯車が狂ってしまう。米価維持は農家のためではなく農協組織の存立のために必要なのだ。

自民党農林族議員にとっても、米価を下げれば、農協の不興を買い、選挙で協力してもらえなくなる。農林水産省は、米価が下がると、農協や農林族議員から、農協の在庫保有に必要な金利倉敷料の補助や過剰在庫分の政府買い入れ、翌年の転作(減反)補助金の増額などを、財政当局に折衝するよう、農林族議員に求められる。財政当局は、そんなムダ金は使いたくないので、反対する。農林水産省は両者の板挟みになる。

しかし、農林水産省にとっても、天下り先が先細る中で、多くのOBを農協に引き取ってもらっている。農協を怒らせたくない。財政当局は抵抗するものの、最後には、農協等の政治力に屈する。



歴史は繰り返す~2007年の茶番

今回と似たようなことは、数えきれないほど繰り返されてきた。最近の例として、2007年第一次安倍内閣の時に起こった騒動を紹介しよう。農協が農家をどのように扱ってきたのかがよくわかる。

2002年の政府・与党の合意によって、2007年度から、政府による米の生産目標数量の配分を止め、減反を農協に任せるという米政策の変更が行われる予定だった。

なお、「政府による米の生産目標数量の配分を止める」というのは、2014年安倍前総理が40年間誰もやらなかったことをやったのだと豪語した減反廃止と全く同じ内容である。

40年間誰もやらなかったどころか、彼自身がその7年前の第一次安倍内閣の時にやっていたのだ。国会での施政方針演説でもダボス会議でも減反廃止と繰り返していたのに、マスコミの誰もこれほどでたらめな発言を問題だと指摘する人はいなかった。日本にはフェイクニュースをチェックする人がいないようだ。

ところが、2007年、米価が低下した。事前に、農協には、種もみの取引が活発で過剰な作付けがあるという情報が入っていた。そこで、農協は先手を打って、農家への仮渡金を前年の12000円から7000円へと大幅に減額した。農協としては、農家が自分たちに販売を委託すると、7000円しか払いません、売れない米を抱えると金利・保管料を負担しなければならなくなるので、今年は米を扱いたくありませんというメッセージだった。

要するに、組合員である農家に、米の販売拒否を通告したのである。組合員が利用するために作った農協が、組合員に農協を利用するなという申渡しをしたのである。これは、米業界では「7000円ショック」と言われた。

さらに、農協は政治力を発揮して、政府にババを引かせた。自分の代わりに、政府に34万トンを備蓄米として買入れ・保管させ、米価の底上げを行なったほか、約1600億円だった減反補助金を補正予算で500億円上積みさせ、翌年の減反を10万ヘクタール強化して、110万ヘクタールとした。

米政策の変更は、実施初年度で撤回され、農林水産省、都道府県、市町村が全面的に実施するという従来どおりの体制に戻った。さらに、「生産調整目標の達成に向けて考えられるあらゆる措置を講じる」など4項目にわたる「合意書」に、全国レベルでは、農林水産省局長と農協など関係8団体のトップが、都道府県レベルでも、地方農政局長と関係団体が、それぞれ連名で署名するなど、40年近い減反の歴史のなかでも異例の対応を行なった。

この時、農協の意を呈して頑張ったのが、西川公也衆議院議員(当時)を筆頭とする農林族議員である。

農林水産省幹部が、組織の総力を挙げて減反の実施に当たるよう指示したため、忖度しすぎた東北農政局は「米の作りすぎはもったいない。米の過剰作付けは資源のムダづかい」などの表現をつかったポスターを配布し、農家から抗議を受けた。



本来、米の過剰というものはない

そもそも過剰とか不足ということがあるのだろうか? 高校生が学ぶ需要と供給の経済学では、生産が増えると価格は下がり、減ると価格は上がると説明しているはずである。価格が伸縮(変動)することで需要と供給は一致する。米などの農産物市場では余ったり足りなくなったりしないはずである。

では、なぜ米の世界で過剰とか不足とかが言われるのだろうか? それは一定の価格を維持することを想定しているからである。

農協にとって望ましい一定の市場価格(例えば、60キログラム(一俵)当たり15千円)に対応する需要量と供給量がある。この価格で需要量と供給量は一致している。農協などの農業界は、実際の生産・供給がそれを上回ると過剰だという。市場に委ねると米価は下がるからである。

下がった米価に対応した需要量と供給量は一致している。しかし、農協は、この低い価格を認めない。したがって、一定の価格維持のためには、過剰な米は市場から隔離するか、翌年度の米生産をその分減少させなければならない。

農協や農林水産省などの農業界は、需要に応じた生産が必要だという。しかし、この場合の需要というのは、一定の望ましい米価に対応する需要量である。具体的には、15千円の米価に対応した需要量709万トン~717万トンがあり、生産をこれと一致させようというのである。これが、農林水産省が示す適正生産量であり、かつての米の生産目標数量である。

これより低い1万円の米価に対応する需要量は8百万トンもある。しかし、8百万トンの需要に応じた生産は認めない。米価が1万円だからである。

しかし、この15千円は農業関係者の暗黙の前提・了解事項で、公にされることはない。したがって、裏を読めないマスコミなど農業界以外にいる人たちは、需要に応じた生産という標語を信じてしまう。



減反は「輸出拡大」と矛盾

菅総理は前政権の官房長官時代から、農林水産物の輸出振興の旗振り役だった。

政権交代前の今年3月、政府は農林水産物の輸出目標を現在の1兆円から2025年に2兆円、2030年に5兆円に増やす目標を決めた。4月には、農林水産省と厚生労働省にまたがっていた海外交渉や輸出手続き審査の権限等を農林水産省に一元化した。これは新政権でアピールしている縦割り行政除去のモデルである。

しかし、2019年の農林水産物・食品の輸出額9121億円のほとんどは、ホタテ貝や真珠などの水産物、アメリカやオーストラリアなどから輸入した小麦、砂糖などから作られた加工食品である。国産農産物と言えるもののうち大きなものでも、牛肉297億円、緑茶146億円、リンゴ145億円、米46億円、ブドウ32億円、イチゴ21億円。その他の農産物を含めても2千億円に届かないだろう。9兆円の農業生産額の2%だ。

輸出可能性のある国産農産物は何か? それは、国内の需要を大幅に上回る生産能力を持つため、生産調整(減反)が行われており、それがなければ大量の生産と輸出が可能な作物。日本が何千年も育ててきた作物で、国際市場でも評価の高い作物。米なのだ。

米は生産・輸出余力があるうえ、日本が世界に誇る高品質農産物である。これほどの宝はない。

最近では米の輸出量は10年前の10倍に増加している。しかし、750万トン程度の生産量のうちの14千トンにすぎない。米輸出が増えない理由を商社関係者などに聞くと、簡単明瞭だ。品質は良いのだが、価格が高すぎるため競争力がないというのだ。

マーケティングだけでは輸出は増えない。日本農業の根本的な部分を変えなければならない。それは価格競争力の向上だ。

高い米価では輸出は増えない。輸出を増やすなら生産を増やさなければならない。効果的に輸出を増大させる政策は、真の減反廃止による米の生産・輸出の増加である。米だけで1.5兆円の輸出は可能である。

しかし、高米価は戦後農政の根幹だ。本格的に輸出をしようとすれば、口先だけではなく、本気で既得権を打破し、農政を根本的に改革しなければならない。

菅総理にその覚悟があるだろうか?