とうとう中国の最高指導者がTPP参加への意図表明を行った。
11月20日のAPEC首脳会議で習近平国家主席は「TPPに加入することを積極的に考えている」と発言した。RCEP交渉の妥結、同協定への署名に続いて、TPPにも参加しようというのである。
21日の朝日新聞の記事にあるように、トランプ米政権がTPPから離脱し、アジアで存在感を低下させるなか、中国が米国の「空白」をさらに突いた形だ。
中国が突いた米国の政治空白
アジアの空白だけではなく、中国はアメリカ政治の空白も突いてきた。
ただでさえアメリカでは、大統領選挙後には政治的空白が生じやすい。加えて、未だにトランプは選挙の敗北を認めようとはしない。大統領選挙で不正が生じたという主張を繰り返し、法廷闘争に持ち込んでいる。
不正があると言っても、投票用紙が自宅ではなく勤務している軍隊に送られてきたとか、投票者が大きな選挙管理人に恐怖を感じたとか、他愛のないものばかりで、投票結果を覆すような証拠は未だに示していない。
しかし、トランプは負けはしたが、7000万人を超える票を集めた。このうち相当な人たちが民主党に票を奪われたというトランプの主張を信じ、ストップザスティール(stop the steal)というプラカードを掲げてデモ行進をしている。
ジョージア州の投票再集計でもバイデン勝利は覆らず、法廷闘争で勝ち目が薄くなったトランプは、今度は自己に有利なように選挙人を選ばせようとしている。アメリカ大統領選挙は、国民が州ごとに選挙人を選び、その選挙人が大統領を選ぶというシステムであるため、共和党の議員数が多い州議会にトランプに投票するような選挙人を選ばせようとしているのだ。
これは大統領選挙の否定である。選挙人による正式投票は12月19日に行われるので、少なくとも、それまでゴタゴタが続くことになる。
しかも、通常であれば、新大統領が来年1月20日に就任してから直ちに職務を実行できるよう、現政権は敗北を認め、政権移行チームに必要な情報を提供する慣例になっている。しかし、負けを認めないトランプは、これを一切拒否している。そればかりか、アフガンやイラクの駐留米軍の縮小等、レイムダックになった政権が行ったことのないような政策を実施している。
バイデン新政権は、新型コロナウイルス対策という大きな課題への対応を緊急に行わなければならない。アメリカでは新型コロナウイルス感染者は日本の100倍の1200万人、死者は25万人を超えている。必要な情報が提供されていないので、新政権の新型コロナウイルス対策に混乱や遅延が生じる恐れが指摘されている。バイデンは、どこに敵がいるのか分からないのでは戦えないとトランプを批判している。
新型コロナウイルス対策に忙殺されるバイデン新政権がアジアに目を向ける余裕があるのか。あったとしても、保護主義が台頭する中で、TPPに復帰しようとするには、国内の説得に多大な政治的努力を傾注しなければならない。
中国は、アメリカの政治的な混乱を巧みに突いてきたと言えるだろう。
米国不在のTPPへ参加を目指す中国の意図
私は、中国がアメリカ不在のTPPに参加する動きをみせていることに警鐘を鳴らしてきた。長くなるが、『WTOは機能不全、TPPに米中を引き込め』(論座2020年6月25日)から引用しよう。
アメリカがTPPから離れているうちに、逆に、中国がTPPに関心を持つようになっている。最近、李首相のTPP参加に向けた積極的な発言が注目されているが、かなり前から、中国政府によるTPP加盟国への働きかけが行われているようだ。
中国としては、アメリカへの対抗意識もある。ASEANに日中韓やインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えたRCEP交渉で、離脱を示唆しているインドを除いても、中国が妥結を急いでいるのは、このためだ。保護貿易主義をとるアメリカに対し、中国こそが自由貿易を推進しているのだと世界にアピールしたいという意図もあるだろう。中国の中には、TPP参加によって国有企業改革を進めたいとする人たちもいる。外圧を国内改革に利用したいというのだ。
しかし、今中国がアメリカ不在のTPPに参加する場合には、投資や国有企業などのルールについて大幅な適用除外が中国から要求されるだろう。すでに、ベトナムなどには多くの例外を認めている。これが認められる場合には、中国にはTPPの規律はほとんど課されなくなり、オバマ政権が考えたことと逆の事態になってしまうおそれがある。
アメリカの政治的空白を突いて、中国はアジア太平洋地域でのプレゼンスを積極的に増大させている。南沙諸島での人工島の建設など、中国は南シナ海で実効支配を強めている。中国軍の戦闘機は、台湾南西部の防空識別圏に侵入を繰り返している。尖閣諸島の沖合でも、中国海警局の船が、日本の領海や接続水域を頻繁に航行している。
RCEPに続くTPPへの参加表明は、軍事面だけでなく、通商経済面でも中国のプレゼンスを高めようとする意図の表れだろう。
どうする日本?
中国がTPP参加を要請すると、日本政府は拒否しにくいだろう。APEC首脳会議で、菅総理はTPPの拡大を主張した。中国に対抗するための「自由で開かれたインド太平洋」という日本の主張は、「開かれているなら中国の参加を認めるべきではないか」と逆手に取られるだろう。
TPP11参加国のなかには、オーストラリアやベトナムなど中国と政治的、軍事的に対立する国もあるが、自由貿易協定であるTPPへの参加を拒み続ける理由にはならない。難色は示しても、いずれ譲歩せざるをえないだろう。
しかし、加入交渉において中国に様々な要求や注文をつけることは可能である。再び前掲記事(『WTOは機能不全、TPPに米中を引き込め』)から引用しよう。
既加盟国は、新規加盟を希望する国に対してTPPの規律に沿った措置を要求することができる。中国のWTO加盟交渉は15年も要した。中国の国内措置や貿易措置が、ガットやWTOの要求する水準とかけ離れていたからである。これほどではないにしても、投資、知的財産権や国有企業などの分野で中国がTPPの規律に国内措置を合致させるには、相当な時間がかかるだろう。日本やオーストラリアだけでは力不足かもしれないが、アメリカがTPP加盟国であれば、中国に対してTPPに合致した措置を取るよう、厳しい要求を行うだろう。
これを実現するための問題は、アメリカがTPPに復帰するかどうかである。幸い、アメリカでは根強い保護主義はあるものの、中国の台頭を警戒する考えが高まっている。これには党派を超えた支持がある。
同時に、TPPのレベルアップを図っていくべきだろう。中国参加のハードルを上げるのである。
日米貿易協定と同時に2020年1月に発効した日米デジタル貿易協定では、TPP同様の規定が設けられているほか、アルゴリズムや暗号の開示要求の禁止などTPPの規定を強化するものがある。日本は、これをTPPに盛り込むよう既参加国と交渉しながら、アメリカの早期復帰が実現するよう、アメリカの新政権や議会関係者等に外交努力を傾注すべきだ。
このようなレベルの高い協定にアメリカとともに中国も参加するというのであれば、APEC諸国が目標としたFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に大きく近づくことになる。
TPPは中国を排除するものではない。高いレベルの通商ルールに中国を取り込むものとなろう。