メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.12.02

バイデンにTPP復帰を促せ~RCEPはベストの選択ではない

論座に掲載(2020年11月18日付)

通商政策 米国 中国

参加国が世界のGDP3割を占める東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が署名された。

交渉を立ち上げる際、中国がASEAN諸国プラス3(日中韓)を主張し、中国の存在が大きくなると心配した日本がこれにインド、オーストラリア、ニュージーランドを追加したASEAN諸国プラス6を主張し、交渉入りは困難となっていた。

中国が日本の主張を受け入れてRCEP交渉が開始されたのは、アメリカ主導のTPP交渉に日本が加わろうとしたからだった。中国はアジア太平洋地域の貿易圏から孤立することを恐れたのである。

ところが、歴史の歯車は逆方向に回転した。

2017年トランプ政権になってアメリカはTPPから離脱した。その前から、民主党の大統領選挙の予備選挙でバーニー・サンダース上院議員が自由貿易反対を唱えて、ミシガン、ペンシルベニアなどラストベルト地域でヒラリー・クリントンを圧倒していた。TPPなどの自由貿易がアメリカの職を奪っているという主張は、ラストベルトの人たちにアピールした。

TPPはそれまでアメリカの一般国民にはほとんど知られていなかったが、民主党大会ではTPP反対のプラカードが舞った。大統領本選挙では、共和党候補のトランプはサンダースの主張をまねてラストベルトで勝利した。また、既に2016年夏の段階で、有力な共和党議員の反対で、TPP協定の議会承認は困難となっていた。

インドは、中国に対して関税を削減・撤廃すると中国からの輸入が増大することを恐れてRCEP交渉から脱退した。中国が補助金を企業に与えることで輸出を増やしていると主張している。

バイデンが副大統領だったオバマ政権はリバランス(重心を変える)と称してアジア太平洋地域重視を打ち出していたのに、通商面ではアメリカもインドも自由貿易協定から離脱して、この地域で中国のプレゼンスが高まることになった。



TPP
に隠されたオバマ政権のグランドデザイン

 TPPはオバマ政権が中国を取り込もうとした仕組みだった。その構想は、スケールの大きなものだった。

2001年に中国がWTOに加入して以来、経済の進展に応じた新しい貿易規律を作る交渉は全く進まなくなった。WTOとは別の場で21世紀の新しいルールを作らなければならない。特に、中国がいれば、国有企業など中国に対する規律は合意されない。

中国がいないTPPで高いレベルのルールを作る。幸いTPP参加国には、中国と同じく共産主義国家で多くの国有企業を抱えるベトナムがいる。ベトナムを仮想中国として交渉すればよい。

この結果、知的財産権の保護、投資に際しての技術移転要求の禁止、国有企業への規律など、現在もアメリカが中国に要求しているものはTPPに規定されることになった。

互いの貿易を促進し投資を保護するという自由貿易協定の本質は差別である。入るとメリットがあるが、入らないとデメリットを受ける。このため、TPPのような巨大な自由貿易協定の場合には、参加国は拡大する。現に、TPP交渉妥結後、韓国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシア、コロンビア、イギリス等が参加に関心を示している。

つまり、アメリカが入る巨大自由貿易圏のTPPから排除されることを恐れた諸国が参加してTPPが拡大すると、中国もTPPに入らざるを得なくなる。その時に中国にTPP協定によるレベルの高い規律を課そうとしたのだ。

残念ながら、サンダースもトランプも、オバマ政権の構想を理解できなかった。自らタリフマンと称したトランプは、高関税で中国に譲歩を強いる方法をとったが、中国からアメリカ産大豆の関税引き上げという反撃を受けた。大国としてのメンツを重視する中国は、簡単に膝を屈するわけにはいかなかった。


バイデン政権はどうする?

こうした中で、トランプは大統領選挙で敗北した。大統領職を失った後、様々な事案で訴追されることを恐れ、敗北を認めず、法廷闘争に期待しているが、大差がついている中でいつまでも居座ることはできない。バイデン政権が誕生する。

バイデン政権にとって優先課題は、新型コロナウイルス対策であり、医療保険制度、警察改革などの内政問題だろう。通商問題に取り組むには、時間がかかるかもしれない。

他方で、アメリカでは超党派で中国の台頭を警戒している。トランプの強権的な方法はそれほど成功しなかった。バイデン政権になると、ウイグル問題など民主党が重視する人権問題では、多国間で協調することで中国に圧力をかけようとするだろう。通商面でもルールに基づく規律という方法が考えられるが、中国が入るWTOでは、中国自身を規律するようなルールは合意できない。

となるとバイデンは自身が副大統領だったオバマ政権が考えたシナリオを再考し、TPPに復帰するのが最善の方法である。TPP11の協定はアメリカが復帰することを想定して作られている。

もちろん、反自由貿易、保護主義的傾向を強めるアメリカは直ちにTPPに復帰できないだろう。

しかし、アメリカが輸出関心を持つ日本の農産物市場については、TPPで約束されたものの一部は昨年合意された日米貿易協定には含まれていない。これにアメリカの農業界は不満を持っている。具体的には、米と乳製品である。

特に、米を除外したのは、日本に米を輸出しているのが民主党が優勢なブルーステイトであるカリフォルニアだからである。米でトランプが頑張っても大統領選挙に効果がないからだ。しかし、民主党のバイデン政権にとっては意味がある。


RCEP
の問題

RCEPは署名された。しかし、日本にとってRCEPはベストの選択ではない。

まず、貿易自由化のレベルがTPPなどに比べて低すぎる。日本の工業製品に対する関税が撤廃される品目の割合は、TPPではほぼ100%だったのに、91.5%にとどまる。日本側が最も関心を持つ自動車本体の関税は、中国、韓国とも撤廃しなかった。

ルールでも、中国の国有企業への規律は、端から交渉の土俵に乗らなかった。アメリカの民主党が好む、環境や労働の規制や基準を緩めることで、競争力を強化する動きを規制しようとする規律も、同様である。新しい貿易形態である電子商取引についても、ソフトウェアの設計図であるソースコードの開示要求を行わないことは合意されなかった。

投資に際しての技術移転要求の禁止は規定された。しかし、新しいルールや規律を作っても、それがきちんと履行されるだろうか? 違反を是正するための紛争処理手続きは規定されているが、そもそも中国との関係悪化を心配する日本政府が中国をRCEPの紛争処理手続きに訴えることができるだろうか?

日本政府は中国のプレゼンスが大きくなりすぎることを心配し、引き続きインドの加盟を要求していくとしている。しかし、中国が加盟するRCEPにインドが復帰することは考えられない。

アメリカ、インドにTPP参加を

アメリカのTPP復帰はルールを重視する日本の国益にも適う。EUから離脱したイギリスもTPP加盟に意欲を示している。インドにTPP加盟をすすめてはどうだろうか? 発展段階の低いベトナムもTPPのメンバー国だ。インドが加盟してもおかしくない。

トランプはアジアを軽視してきた。東アジアサミットを3年連続で欠席したばかりか、昨年は閣僚ではない大統領補佐官を代理として送り、ASEANから反発されている。TPP復帰は、アジア太平洋地域重視のリバランシングのための大きな要素となるだろう。

同盟国や国際協調重視というバイデンの主張にも適う。我が国は多国間主義を唱えるバイデンがオバマ政権のグランドデザインを再検討するよう、対米外交に努めるべきではないだろうか。