メディア掲載  外交・安全保障  2020.11.05

どこへ行く…米の保守主義

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年10月29日)に掲載

国際政治・外交 米国 アメリカ大統領選挙

米大統領選の投票日が5日後に迫った。4年に1度この時期が来るといつも憂鬱になる。勝者予測が求められるからだ。まだ8年前は容易だった。当時は「主要マスコミの多くがオバマ大統領の再選を予測しており、あまり血湧きもせず、肉も躍らない。筆者もこうした見方を翻すだけの新しい情報はない」と確信できたからだ。予測が難しくなったのは4年前。「どちらが当選しても、今回ほど選挙結果に歓喜するより、落胆する人の方が多い大統領選は過去に記憶がない」と書いてお茶を濁すのが精一杯だった。

トランプ氏当選は予測できなかったが、4年前、筆者は「米国には各州に1つずつ、全部で50の民主党と50の共和党がある」「恐らく今年最大の政治的事件は米国の50の共和党が『壊れ始めた』ことだろう」とも書いた。この点は今も間違っていないと安堵する。米国の保守主義が劣化し始めて久しいと思うからだ。さらに、4年前にはこうも書いている。

「今の全国共和党は1980年の米国版『保守合同』の結果だ。当時の共和党レーガン候補が民主党南部の保守票を奪い取り、反共保守、宗教保守、倫理保守、社会保守などさまざまな保守勢力の糾合に成功したからである。ところが90年以降のソ連崩壊により、この『保守合同』に緩みと綻びが出始めた。2001年以降、米国の外交・安保政策を主導した『ネオコン』理想主義集団は失敗した。その後台頭した宗教保守『ティーパーティー』も挫折する。弱体化した保守・共和党を乗っ取り、とどめを刺したのがトランプ旋風なのだ」と。今もこの分析は全く変わらない。

4年前と同様、今筆者が抱くのは、冷戦時代に国際関与と同盟関係を重視したあの共和党が「壊れ始めた」という強い危機感だ。大統領選の結果が如何なるものであれ、第二次大戦以来の伝統的保守主義が少しでも蘇るためには、投票結果が「圧倒的な地滑り的勝利」となる必要がある。トランプ氏が勝っても負けても、バイデン氏との差が僅差であれば、トランプ運動は死なない。仮にトランプ氏が大統領府を去っても、米国の「ダークサイド」は生き残るだろうからだ。

一方、バイデン氏の地滑り的勝利は他の問題を惹起する。本稿を書いている最中にも、CNNでは民主党リベラル強硬派の下院議員が民主党勝利を確信したのか、「バイデン新大統領は環境、エネルギー、医療などの分野で進歩的閣僚を選ぶべきだ」などと嘯いている。おいおい、これでは左右両方の極端な過激主義が蔓延るだけではないか。

この点、日本の保守はまだまだ健全だと思う。トランプ運動のような「民族主義的、大衆迎合的、差別主義的、排外主義的」保守主義が主流となる可能性は低いからだ。しかし、欧州大陸ではトランプ現象のような潮流が見え隠れし始めている。要注意だ。

16世紀の英国王財政顧問トマス・グレシャムは「悪貨が良貨を駆逐する」と考えた。今米国では「悪質が良質を駆逐しつつある」のか。だが、米政治の劣化を止められるのは米国の有権者だけである。

元駐日米大使の一人が「11月3日に米国民が正しい判断を下すことを望んでいる」と書いてきた。その通り、新大統領が誰であれ、米国が国際的関与主義に復帰するか、それとも孤立主義を続けていくかは日本だけでなく、米国の全ての同盟国にとって重大関心事項だ。僅差か、圧倒的地滑りか、その結果を我々は冷静に分析する必要がある。