メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.09.23

ボリス・ジョンソンは何を考えているのか?

論座 に掲載(2019年9月18日付)

通商政策 英国

ジョンソン政権によりイギリス議会に提出された法案によって、ブレグジットの行方が混乱している。

この法案は、昨年末イギリスとEUが合意した協定中の根幹部分である北アイルランドの取り扱いを反故にしようとするものである。いったん合意した協定を守らないというのは国際法違反であるとEU側は反発している。北アイルランド紛争を再燃しかねないという懸念も表明されている。イギリス国内でもブレアやメージャーなど歴代の首相経験者が反対を表明している。

ブレグジットと北アイルランド問題

もう一度、ブレグジットと北アイルランドについての関係を説明しよう。

1960年代から90年代にかけて北アイルランドで独立派(カトリック)とイギリス残留派(プロテスタント)の間で大変な紛争が起こった。しかし、イギリスもアイルランドもEU加盟国となり、アイルランドと北アイルランドの国境検査が撤廃され、ヒトやモノが自由に移動するようになると、北アイルランドを巡る紛争は下火になった。こうして両者の間で和平合意(ベルファスト合意、別名Good Friday Agreement)が1998年に成立した。

ブレグジットとは、イギリスがEUの外に出るということなので、日本が他の国からのヒトの入国やモノの輸入に入国審査や税関審査を行っているように、アイルランドとイギリス領北アイルランドの間に再び検問所による国境管理が実施され、ヒトやモノの移動が規制される。そうなると紛争が再発するのではないかという悪夢が蘇ってきた。離脱後にイギリスとEUが自由貿易協定を結び、関税をなくしても、国境管理は必要となる。例えば、イギリスがEUだけでなくアメリカとも自由貿易協定を結んで、アメリカ産牛肉の関税をゼロにすると、アメリカ産牛肉が関税なしでイギリスに入り、その後また関税なしでEUに入ってしまうおそれがある。これではEUの牛肉農家を保護できないので、EUはイギリスから来る牛肉はイギリス産のものでないと関税なしでの輸入は認められないとする。これが原産地証明と言われるもので、イギリス産かどうかをチェックするためには、国境管理が必要となる。

つまり、イギリスとEUが自由貿易協定を結んで関税をなくしても、国境管理は要るのだ。

北アイルランド問題を考えると国境管理はなくす方が良い。しかし、離脱した後に、北アイルランドを含むイギリスが、アイルランドを含むEUとの間で国境管理をしないということはできない。

つまり、ブレクジットと北アイルランド問題はあっちを立てればこっちが立たないという両立できないものだった。

ジョンソンの法案と北アイルランド問題

昨年末の合意とは、端的に言うと、北アイルランドとイギリス本土の間に国境を引き、北アイルランドとアイルランドの間には国境を引かない(国境管理をしない)というものだ。事実上、イギリス連合王国の中で、北アイルランドだけEUの関税同盟に残ることとなる。(具体的には、北アイルランド国境では基本的にはEUの共通関税を徴収する。イギリス本土から北アイルランドに物資が入るときは通常は関税をとらないが、そこからアイルランドに輸出されるというリスクがある指定物品については関税を徴収することにした)

ジョンソンの法案とは、このEUとの根幹部分の合意をご破算にして、北アイルランドとアイルランドの間に国境を引くというものだ。

EUや歴代のイギリス首相が怒るのも当然だろう。アメリカでも、ナンシー・ペロシ民主党下院議長は、国際的な合意を守らないこのような政権とアメリカ政府が自由貿易協定を妥結しても、アメリカ議会は承認しないと言っている。アイルランド移民の血を引くバイデン大統領候補も、ブレグジットによって国境管理が復活し、ベルファスト合意を傷つけられることに反対している。

ジョンソンは何を考えているのか?

ジョンソンの意図については、二つ推測されている。

一つは自ら10月15日までと期限を切ったEUとの自由貿易協定交渉で、EUの譲歩を引き出そうという瀬戸際政策(brinkmanship)である。これだと自由貿易協定交渉をあきらめてはいない。

もう一つは、この交渉の中でEUがイギリスの補助金などの政策や規則をEUと同様なものとするように要求していることに反発し、独立した主権国家は産業育成などを自由に行うことができるようにすべきであると考え、自由貿易協定交渉が決裂してもよい、つまり本気でEUと縁を切ろうとしていると思っているというものだ。