ワーキングペーパー グローバルエコノミー 2020.08.26
近年、マクロ経済学において「労働ウェッジ (labor wedge)」が注目されている。労働ウェッジとは労働市場の非効率性や歪みを表す指標の一つであり、一定の仮定の下で、生産・消費・労働供給のマクロデータから計測される。この労働ウェッジは、不況に陥ると悪化することがよく知られており、景気循環を理解する鍵になると考えられている。しかし、不況時に労働ウェッジが悪化していたとしても、労働ウェッジと景気循環が同じ要因で変化しているとは限らない。これまで労働ウェッジの変動がどのような要因で起きているかについて、景気循環と同時に考えた研究はほとんどなかった。
本研究の目的は
を明らかにすることである。不況や好況のメカニズムを理解する上で労働ウェッジが重要な変数であるならば、景気循環をもたらす要因と労働ウェッジの要因が同じであるはずである。
本研究では、標準的かつ中規模な動学的確率的一般均衡 (DSGE)モデルを用いて、どの構造ショックが労働ウェッジと景気循環の変動をもたらすかを、日本のデータを用いて推定した。用いるモデルは、ニュー・ケインジアン・モデルで、名目価格や名目賃金の価格硬直性、消費の習慣形成、設備投資の調整費用、資本ストックの稼働率などを考慮している。本研究の新しい特徴の一つは推定方法である。DSGEモデルを用いた従来のベイズ推定では、構造ショックの標準偏差に対するパラメータの事前分布は逆ガンマ分布を用いる。これは標準偏差がゼロである可能性を排除しており、構造ショックの存在を仮定してしまっている。本研究では、構造ショックが存在しない可能性を考察可能にするために、構造ショックの標準偏差のパラメータに関してより柔軟な事前分布として正規分布を採用した。
主要な結果は以下の通りである。事前分布を逆ガンマに設定した従来の推計方法での結果を見ると、景気循環をもたらす構造ショックの中では投資の調整費用ショックが最も重要であるのに対し、労働ウェッジの変動は家計の効用関数の割引率を変動させる選好ショックや一時的な技術ショックによって生じることがわかった。一方で、本研究で用いた構造ショックが存在しない可能性を考慮とした推計による結果をみると、労働ウェッジも景気循環も、主に恒久的な技術ショック(全要素生産性の水準を変動させるショック)と投資調整費用ショックによって変動していることがわかった。本研究の結果は、景気循環と労働ウェッジは同じ構造ショックの変動によってもたらされており、労働ウェッジは景気循環の変動を理解する上で重要な変数であることを示している。
ワーキング・ペーパー(20-006E)What drives fluctuations of labor wedge and business cycles? Evidence from Japan