メディア掲載  外交・安全保障  2020.08.24

「バイデン・ハリス」の外交戦略

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年8月20日)に掲載

国際政治・外交 米国

米大統領選がようやく佳境に入った。今月11日、民主党のジョー・バイデン候補は大本命だったカマラ・ハリス上院議員を副大統領候補に選んだ。米国では正副大統領候補を「チケット」と呼ぶが、今回の民主党チケットは、東海岸の老練な白人男性・中道政治家と西海岸の若手非白人女性・リベラル政治家のコンビ。米政治学的にもこのバランスは悪くない。早くも一部メディアはこの「歴史的決定」に内心、狂喜乱舞する民主党関係者や共和党の反トランプ主義者のコメントを垂れ流し始めた。これから11月の投票日までさまつな話に一喜一憂させられる日々が続くと思うと気がめいる。

勝敗の予測は大統領選専門家諸氏にお任せし、本稿では米国外交、特にバイデン勝利の場合の新政権の外交政策につき頭の体操を試みたい。新型コロナウイルスと同様、国際政治に「夏休み」はない。パンデミックと大統領選で米外交が思考停止する中、ベラルーシでは反政府抗議運動が始まり、中東ではパレスチナ問題の風化が進み、香港では曲がりなりにも民主的だった政治風土が急速に失われつつある。いずれの場合も米国の対応は「ほぼ皆無」か、「方向違い」のいずれかだ。以下、各地の状況を詳しく見ていこう。

◆香港・民主と自由の黄昏(たそがれ)

6月30日に国家安全維持法が施行され、中英合意で高度の自治が保障された香港の中国本土化は一気に進んだ。今月10日の黎智英・蘋果(ひんか)(リンゴ)日報社主の逮捕は若い民主化運動家の拘束以上に深刻だが、米国は象徴的制裁を発動するだけで反応は鈍く遅い。

◆ベラルーシ・革命の予感

現職が6選を決めた今月9日のベラルーシ大統領選挙に改竄(かいざん)があり、これに抗議するデモが同国各地に拡大、既に数千人が拘束されている。EU(欧州連合)外相は選挙結果の受け入れを拒否、国連も当局の暴力行為を非難したが、現時点で米国からは具体的な動きが見られない。

◆パレスチナ・唯一の敗者

今月13日、米大統領はUAE(アラブ首長国連邦)とイスラエルが国交正常化に向かうことで合意したと発表、イスラエルとの関係正常化はエジプト、ヨルダンに次いで3カ国目だ。米外交の勝利にも見えるが、実態はパレスチナ問題の風化だろう。真の問題解決には程遠く中東の長期的安定に資するとは思えない。

◆中道左派の国際主義

トランプ大統領が再選されれば、米外交の迷走と不作為がさらに4年続くのだろう。他方、「バイデン・ハリス」チケットが勝てば、新政権の外交は次のようになると筆者は見ている。

ハリス氏の政治的立場は必ずしも「進歩的リベラル」ではない。バイデン・ハリスは中道左派志向であり、民主党内のリベラル急進派には不満が残るはずだ。トランプ政権とは異なり、対中政策では人権・民主を重視するが、今のような、けんか腰にはならないだろう。ワシントン生活の長いバイデン氏は外交専門家を重用する伝統的な国際主義に回帰しよう。ハリス氏もこれに同調、党内の反軍・孤立主義的リベラル派とは一線を画すだろう。

昨年インタビューでハリス氏は「北朝鮮問題の外交的解決には日韓という同盟国の関与が必要」と述べた。日本から見れば、「手ごわいが、最低限の予見可能性がある」米国の伝統的国際主義への回帰は歓迎できる。問題は外交が米大統領選の争点とはならないことだろう。残念ながら、世界は米有権者の賢明な判断を期待するしかないということか。