メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.08.05

品種改良の努力への報い

日本経済新聞 2020年7月31日夕刊『十字路』に掲載

農業・ゲノム

種苗法は特許権や著作権と同様、品種登録をして農産物の品種改良をした人の権利を保護しようという法律だ。日本で開発した種子や苗が海外に無断で持ち出され栽培されることを防止するため、改正案が先の国会に提出された。

農家がイチゴの苗などを自分で増やす際に品種登録者の許諾を必要としたことが、反対を呼んだ。「許諾料が農家の負担になる」という意見や「世界の種子大手が農家に自家増殖を認めず農家を支配する」という見方まであった。こうした意見を有名な女優が紹介したことでインターネット上で反対論が広がり、農水省は改正を断念した。

しかし農業者の反対は少ない。農家所得は国民平均を大きく上回っている。医薬品や音楽と同じように、資金と労力をかけて懸命に努力している人に報いなければ、誰も品種改良しようとはしない。日本農業の発展を阻害する。

農家が種子会社に支配される、と言われるようになったのは数十年前だ。異なる系統の品種を掛け合わせると子供が優れた性質を受け継ぐ「雑種強勢」の特質を利用して、一世代限り品質が良いF1(一代雑種)と呼ばれる種子が普及してから。F1から同じ品質の種は作れず農家は毎年種子を買わざるをえない。

しかし今回の改正案は農家などが自家増殖できる苗を規制するもの。モンサントや、サカタのタネなど世界の種子大手が販売している自家増殖できない穀物や野菜のF1種子は、対象ではない。またこれらが法外な種子代を要求しているわけでもない。

種苗法改正への反対は、声高に農家保護を訴えた環太平洋経済連携協定(TPP)への反対に通じる。「米国に食い物にされる」と国民を不安にさせる主張だ。しかしその米大統領が日本を警戒してTPPから脱退した。冷静な議論が必要だろう。