メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.07.22

WTO事務局長の力量

日本経済新聞夕刊【十字路】2020年7月14日に掲載

通商政策 米国

世界貿易機関(WTO)の事務局長が突然5月に辞任を表明して、後継候補に8人が立候補した。 WTOには2つの機能がある。加盟国の交渉で時代の変化に応じた新しい貿易ルールを作ることと、紛争が生じた場合、協定に違反している国に対して措置の是正を求める紛争処理手続きだ。WTOは1993年に妥結した関税貿易一般協定(GATT)の「ウルグアイ・ラウンド」の交渉の結果、発足した。

当時、加盟国の対立する利害を精力的に調整したのが、事務局長だったピーター・サザーランド氏だ。日本の交渉団にいた私でさえ頼もしく感じていた。日本でも働きぶりは頻繁に報じられた。

しかしWTOには中国が加盟、アメリカや欧州連合(EU)も途上国の意見に押され、交渉が機能しなくなっている。時代に合ったルールが作れないので、紛争処理手続きを担当する上級委員会は解釈で穴埋めをしようとした。しかし、これに不満をもったアメリカが委員の任命を拒むようになりWTO全体が機能不全に陥っている。

米オバマ政権は新しいルールを作るため、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を立ち上げた。偽造品の取引防止など知的財産権保護、投資に際しての技術移転要求の禁止など、トランプ政権が中国に要求している項目は、TPPに規定されている。しかしトランプ政権はTPPから離脱して、逆に中国がTPPに関心を持っている。中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に加え、TPPにも中国が参加すると、政治的にもアジア太平洋で中国のプレゼンスが高まる。

問題の根幹は、WTOが新しいルールを作れないことにある。新事務局長にサザーランド氏のような力量を持つ人物が選ばれるのだろうか。WTOは危機にある。