コラム  エネルギー・環境  2020.07.03

脱炭素エネルギーの法的検討に向けて

法制度・ガバナンス エネルギー・環境

1. はじめに

 当研究所では、「資源・エネルギー、環境ユニット」において、今年から、脱炭素エネルギーの法的問題に関する研究を開始した。ここでは、この研究について紹介したい。

 私たちは、昨年まで約4年間、「原子力と法」について研究してきた。ここでは原子力損害賠償法を念頭に置きつつ、原子力発電などの核エネルギーの利用に伴う法律的な問題点について、①リスク、② 国際潮流、③「責任」、④投資誘引、⑤資源・エネルギー政策、⑥技術革新という6つの視点から分析した。その結果、原子力発電の事故のような大規模な被害については、事後的な損害賠償による権利救済に加えて、事前の予防の観点が特に重要であり(「事後から事前に」)、かつ、財産権などの「権利」に注目するとともに、「人」に着目して災害救助の視点が必要だ(「権利から人に」)という意見を報告として取りまとめ昨年公表したところである。

 このような「原子力と法」研究の成果・視点を生かして、本年より脱炭素エネルギーの法的検討を開始したものである。


2. 再生可能エネルギーと原子力


(1) 位置づけ

 我々の研究では、再生可能エネルギーと原子力を脱炭素エネルギーとして検討の対象とする。この2 つのエネルギー利用は、原子力が20 世紀の最先端エネルギーであるため、再生可能エネルギーは今まさに注目されているといった違いもあり、ともすれば性質の異なるものと扱われがちであるが、地球温暖化防止の観点から、いずれも脱炭素エネルギー政策の重要な担い手であると考える。


図1:世界のエネルギー消費量の推移(エネルギー源別、一次エネルギー)

 toyonaga01.2.jpg ※クリックでオリジナル画像表示
出典:エネルギー白書2019


(2) 日本の再生可能エネルギーの現状

 日本の再生可能エネルギー利用は、太陽光発電が大きな割合を占めている。しかし、太陽光発電は、主として国内に適地が不足しているため、これ以上の大きな開発は望めないと言われている。

 これに対して、大きなポテンシャルがあるのは、風力発電、特に洋上風力発電である。


写真1:長崎県五島の洋上風力発電

 toyonaga02.jpg ※クリックでオリジナル画像表示


(3) 世界の再生可能エネルギーの現状

 世界の状況に目を転じてみると、一貫して急増していた再生可能エネルギーの開発が鈍化していることが分かる。そのため、原子炉のリプレイスを含めた原子力発電の必要性が増すと予想される。


(4) 法的な問題

 このような再生可能エネルギー・原子力利用の状況にあって、「法的問題」というと、固定価格買取制度(FIT)などの利用促進制度に関する問題を想起することが多いかもしれない。しかし、私たちは、そのような利用促進制度に関連するものよりも、裁判所で問題にとなるような古典的な違法性をめぐる問題が、政策立案において重要になっているように思われる。例えば、洋上風力発電については、地元で反対運動が起きることがあり、単純にFIT などで利用を促進すればよいのではなく、景観、騒音、漁業に関する法律上の問題や、海鳥が風力発電の羽根(ブレード) に衝突するいわゆるバード・ストライクの問題などを考慮して政策立案する必要がある。また、太陽光発電などの立地自治体の中には、水害対策などとの関連で、太陽光発電事業者に一定の負担を求める動きもある。


写真2:北海道利尻島のウミドリ

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(5) 政策との関係

 このように、法的な問題を検討する背景には、このような問題を抜きにして政策の実現が難しくなる状況がある。そして、政策と法を架橋する手法の一つとして、法と行動経済学というアプローチに着目したい。


3. 法と行動経済学(Law and Behavioral Economics)


(1) 行動経済学というアプローチ

 法的な分析手法には様々あるものの、法学と他の学問分野の学際的手法により分析する「法と○○」という学問手法が、法と経済学をはじめとして多数ある(米国のロー・スクールには「法と文学」(Law and Literature) という講座すらある)。それらの中でも法と行動経済学は、法学と行動経済学の学際的手法を採用するものである。行動経済学が経済学と心理学の学際として誕生していることを考えると、法学、経済学、心理学の3 つの学問分野の学際を目指すものといえる。

 行動経済学は、それまでの経済学が、合理的な人を想定していたのに対して、人の不合理さを前提とした学問分野で、特に行動に関する心理学の成果を応用する特徴がある。例えば、リスク(損害の量と損害発生確率の積)について、客観的なリスクと、リスクの認知を区別すると、人間は、ある場合にはリスクを過少に認知し、別の場合には過大に認知することが分かっている。このような人間に共通するリスク認知の癖は、たとえば原子力発電所のリスクについて正しく分析する際にも有用なものであり、私たちの研究・分析に当たっても十分に考慮に入れる必要があると考えられる。このような法と行動経済学の視点を取り入れて、「エネルギー判例研究会」を開催している。


(2)「エネルギー判例研究会」の紹介

 メンバーは、我々2 名に加えて、日本の法社会学の第一人者の1 人で、法と行動経済学に造詣が深い飯田高教授(東京大学)、心理学を応用した民事訴訟法の論文も執筆している佐瀬裕史教授(学習院大学) である。この研究会では、エネルギーに関連する裁判例(原子力、再生可能エネルギー、火力発電など) の分析を通して社会のあり様を観察して、政策提言につなげることを目的としている。


<コラム> 感染症(新型コロナウィルス)問題との関係

 2020 年、新型コロナウィルスによって、わが国や世界各国は、多数の犠牲者を出し、感染予防のための都市封鎖等に伴い経済活動が停滞するなど、大きな影響を受けてきた。本稿執筆(5 月末)時点では、わが国の緊急事態宣言は解除されたものの、なお予断を許さない状況が続いており、しかも、専門家によれば、今秋以降に次の感染流行は必至であるという。

 このような状況にあって、エネルギー・環境問題、特に脱炭素社会の実現は優先度がやや低い社会的な争点(イシュー)と見なされるかもしれない。実際に、感染症流行の直前まで、頻繁にメディアに登場していたパリ協定や温室効果ガス関連のニュースは、その後、ほとんど聞かれなくなった。

 しかしながら、有史以来、人類は感染症と闘いながらも種を存続させてきたことからすれば、永遠に感染症に怯えながら生活を送るということはないであろう。また、経済活動の停滞等により一時的にCO2 の排出が少なくなり地球環境が改善するとしても、経済活動の再開とともに、地球温暖化が再び問題となるのは明らかである。

 そう考えると、脱炭素エネルギーは今後も引き続き重要な政策課題であり続けるだろう。また、あえて感染症問題からエネルギー・環境政策に関連する教訓を見つけるとすると、パリ協定が想定するような政策目標を達成するためには、世界各国が都市封鎖するような厳しい経済活動の抑制が必要であることが分かった。

 さらに、リスク管理という観点からは、いずれ到来するかもしれない脅威に対して準備することは重要であるが、この点も疫病と環境問題は共通している。予防原則(事前配慮原則)を採用するかなど、政策全体を縦断する原理の採用が望まれるところである。また、感染症対策として国境閉鎖というグローバル化とは正反対の動きが際立っているが、長期間にわたって人の動きを止められない以上は、一国だけの感染症対策は意味がなく、いずれにせよグローバルな視点が必要になるという点も、気候変動問題と共通していると考えられる。さらに、日本固有ではなくグローバルなアプローチとして経済学の観点から見ると、マスクの買い占めなど、伝統的なミクロ経済学から合理的とも見える行動への対処については、後述する行動経済学など、心理学の知見も必要になると思われる。こう言った点も感染症対策とエネルギー・気候変動対策は共通している。