メディア掲載  外交・安全保障  2020.07.02

「バイデン大統領」実現したら...

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年6月25日)に掲載

11月の米大統領選について聞かれたら、「鬼が笑いますよ」と答えている。これが1976年以来44年間の経験則。無党派層有権者の多くは夏休みが終わる9月第1月曜のレーバーデーまで態度を決めないからだ。

普通なら今頃は有象無象の日本人「米大統領選専門家」が大挙して訪米、激戦州での選挙戦や党大会の密着取材記事が日本で氾濫し始める時期だが、今年ばかりは新型コロナ騒ぎで勝手が違う。さぞお困りだろうと同情はするが、たかだか数日間現地を見たところで結局は「枝」ばかり、決して「森」は見えない。これも過去44年間の筆者の経験則。されど、「分かりません」ではしゃれにもならない。今回はあえて現時点での筆者の独断と偏見を書こう。

先週末、コロナ騒動の最中にトランプ選対が強行したオクラホマ州での大規模集会は空席の目立つ予想外の大失敗に終わった。当て外れの原因は一部の10代若者がSNSを通じ大量の偽予約を入れたためとも報じられた。「ネットで笑う者はネットに泣く」ということか。だが、これは一過性ではないかもしれない。最近、民主党バイデン候補に対するトランプ候補の支持率が伸び悩んでいる。しかも、親トランプ系とされるメディアや調査会社でも同様の結果が出ているのだ。されば、ここでは残りの紙面を使い、バイデン大統領が誕生したら何が変わるかにつき、論点整理しておく価値はありそうだ。まずは大原則から始めよう。


◆ トランプ政権は日本人が思うほど日本に有利ではない
◆ バイデン政権は日本人が思うほど日本に不利ではない

続いて個別問題を考える。

【対中政策】

バイデン政権がオバマ時代の対中政策に回帰するとは思えないが、トランプ政権の「敵意丸出し」姿勢は変わる。日米の対中政策に微妙な温度差が生まれる可能性はあるだろう。特に、民主党系識者には中国と対峙するためまずは米国経済の再活性化が必要と見る向きも多く、要注意だ。

【同盟国重視】

バイデン政権は日本を含む同盟国との関係を修復するだろうが、同時に同盟国にさらなる負担を求めてくる可能性も十分ある。米国の新孤立主義的な内向き傾向が始まるのはオバマ時代であったことを忘れてはならない。

【国務省・経済援助】

トランプ政権が冷遇した国務省や経済協力活動をバイデン政権は復活させるが、同時に国防予算を削減する可能性も高い。米国外交の再活性化は歓迎だが、すべてが元に戻るとは考えない。

【環境問題・地球温暖化】

トランプ政権が行ったパリ協定脱退や環境規制緩和の多くは撤回される。されば、ここでも中国が対米交渉上のテコを回復するので、環境問題が日本の安全保障に影響を及ぼす恐れも復活するはずだ。

【イラン】

バイデン政権が条件付きで核合意に復帰する可能性は高いが、トランプ時代前に完全に戻るとも思えない。

【北朝鮮】

トランプ時代の思い付きによる対北朝鮮譲歩の恐れは減るだろうが、民主党政権にも対北朝鮮融和政策の前科があるので、要注意だ。

以上要するに、仮にバイデン政権が誕生しても、日本にとっては新たな利益と不利益が交錯する。対米関係に引き続き困難が伴うことだけは間違いない。もしバイデン政権になれば、トランプ時代の例外的な日米「蜜月」は期待できないが、それでも米外交がプロによる予測可能な活動に戻る利益は計り知れない。