新型コロナ騒ぎの真っ最中に米国でものすごい本が静かに出版された。米国の軍事戦略に関心ある全ての人にお薦めしたい好著、在宅勤務のおかげで先週一気に読んだ。「キルチェーン」と題する本書の著者は、一昨年亡くなったジョン・マケイン上院議員の補佐官。数年前訪日した同議員と筆者との昼食会をアレンジしてくれた、若いが新進気鋭の戦略家だ。内容は多岐にわたるが、米国のある読者はこう要約した。
◆ 米軍は高価で精巧だが人手が掛かり代替不能な大型兵器システムに依存してきた。
◆ 対する中国は米軍の大型兵器を発見破壊する多数の廉価な小型兵器を配備している。
◆ 今こそ米軍は方針変更し廉価で柔軟性ある小型自動兵器を大量に導入すべきだ。
◆ これを怠れば米軍の軍事的優位は風化する。必要なのは新兵器ではなく、新思考だ。
この要約に異論はない。だが、本書は単なるハイテク兵器礼賛本ではない。筆者が最も注目したのは第10章の「優勢なき防衛」だった。ここにはわれわれ日本人がうすうす感じてはいても現実問題として考えたくない内容が率直に記されている。今回は紙面の許す限りその内容をご紹介したい。
要するに、(1)米軍は対中国戦で中東のような圧倒的勝利は不可能(2)現時点では対中防衛力を高め、中国の野心を制限し得る能力の増強のみ可能(3)中国に対しては防衛目的を限定し優先順位を付けるべきであり(4)東アジア地域に廉価で柔軟性ある小型無人自動兵器を大量に展開する必要がある-というのだ。
こう書けば、「見ろ、だから米国は信用できないのだ。米国は尖閣諸島など守ってはくれない」などと批判されるに違いない。だが、問題の本質は同盟国米国の信頼性ではなく、強大化し米国の弱点を見事に突き始めた中国をいかに抑止すべきかである。
このことを最も憂えていたのはマケイン上院議員自身だった。「米軍人は『全ての兵器計画が重要』というが、全てが重要とは『どれも重要ではない』という意味だ」とマケイン氏は見抜いていた。
現状を憂慮したマケイン氏は国家防衛戦略立案前に当時のマティス国防長官に書簡を送り再考を促した。その原案を書いたのが本書の著者クリス・ブローズ氏だ。本書第10章を読み終えた筆者には日本の防衛戦略の方向性が見えてきた。簡単に言えば、日本の防衛力整備も、米軍と同様、旧態依然の、前例踏襲型で、硬直的な手法を改める時期に来ているのだと思う。
以上が今の米国の東アジア安全保障政策、米軍の対中戦略の実態である。それでは今の日本の国会にマケイン議員のような真の戦略家が何人いるのだろう。彼らには従来の柵を越え、日本の安全保障政策を根本から考え直す見識と気概があるだろうか。地味な内容で日本語版もないが、やはり本書は一読に値する力作である。