メディア掲載  財政・社会保障制度  2020.04.28

【半歩先を読む経済教室】(新型コロナ緊急対策)現金給付、世帯別「現金給付」の諸問題...不公平性や賃金操作の可能性

2020年4月16日掲載のBusiness Journal記事より一部加筆修正
経済政策 税・社会保障 新型コロナウイルス

売上蒸発の簡易試算

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大が日本経済に及ぼす影響を把握するためには、大規模イベントや不要不急の外出等に関する自粛要請の影響も整理する必要がある。

 まず、自粛要請で真っ先に打撃を受けているのが、飲食やホテル・観光などの産業である。外食や旅館・ホテル等からお客が遠のき、一種の「売上蒸発」が起こっている。例えば、政府主催の第4回「新型コロナウイルス感染症の実体経済への影響に関する集中ヒアリング」(3月23日)において、定期航空協会は当面4カ月で約4000億円以上(年間で約1兆円)の減収や、日本旅行業協会は売上高(主要旅行業者総取扱額)が3月で3274億円の減収、4月で2931億円の減収となる予測を示している(注:定期航空協会は政府に約2兆円の支援策として融資への政府保証を要望中)。また、日本百貨店協会によると、2月の全国百貨店売上高は前年同月比マイナス12.2%の3661億円と公表しており、これは約500億円の減収を意味する。

 では、日本全体の売上蒸発はどの程度のものか。一つの参考になるのが、経済産業省が公表する「経済センサス・活動調査」である。この調査は企業活動の国勢調査と位置づける統計で、2013年1月下旬から公表している。直近(2018年6月)の確報によると、2015年における全産業の売上高は約1625兆円である。2015年の名目GDPは約531兆円なので、全産業の売上高はGDPの約3倍であり、全産業における1日当たりの売上高は平均で約4.5兆円である。

 また、全産業の売上高(約1625兆円)のうち、旅館・ホテル等の宿泊業・飲食サービス業は約25兆円、映画館や劇場等の生活関連サービス業・娯楽業は約46兆円、デパート等の卸売業・小売業は約501兆円となっている。これら産業の売上高が全産業の売上高に占める割合は約35%であり、これら産業における1日当たりの売上高は平均で約1.6兆円である。

 新聞報道では、デパートの3月における売上が前年同月比で30-40%減との予想も多いが、東京商工リサーチの第3回「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査によると、前年同月における3月の売上を100とするとき、6,901社のうち約8割の企業が前年割れで、売上の中央値は全企業が85、中小企業が85、大企業が92である。4月の売上減がさらに加速する可能性があり、仮にこれら産業の売上がコロナウイルスの影響により前年同日比で1日15%減少と予測するとき、どうなるか。

 これら産業だけで1日平均の売上蒸発は約0.24兆円であり、1か月で7.2兆円になる可能性がある。この試算は前提に依存する大雑把なものだが、自粛が長期化し、3か月継続すると21.6兆円の売上蒸発になる。6か月継続ならば43.2兆円(名目GDPの約8%)になる。


政府の緊急経済対策と条件付き現金給付の問題点

 このような状況の中、自民党・公明党や国民民主党など各党は、新型コロナウイルスの感染拡大にかかる緊急経済対策の提言を取りまとめて公表した。今回の対策で最大の争点となったのは「現金給付の範囲(支給対象・条件)と金額」であった。

 公明党や国民民主党は、現金給付は一律で、国民1人当たり10万円の給付を行うことを提言していたが、4月上旬、安倍首相は支給対象を「一定の水準まで所得が減少した世帯」との条件をつけ、1世帯当たり30万円を現金給付する旨の意向を示して政治的に一時決着した。

 しかしながら、支給対象に関するこの条件の下では、日本の全世帯(約5300万世帯)のうち約1000万世帯のみが対象になる見通しで、政権の連立を組む公明党や世論の反発を受け、最終的には2020年度補正予算を組み替えて、一律の現金給付を行うことで最終決着した。

  では、当初の政府案(条件付き現金給付)の何が問題であったのか。タイムリーな所得情報を把握できない現行制度では、公平性の観点から、この条件は難しい問題を抱えている。また、支給対象を「個人」でなく、「世帯」とすることも様々な問題を引き起こす。この点を簡単な事例で考察してみよう。


1) 支給対象(世帯 vs 個人)

 まず、給付を「個人」単位でなく、「世帯」単位で行う問題点を考えてみよう。このため、いま、年収が400万円の個人A、年収300万円の個人B、年収100万円の個人Cがいるものとする。その際、世帯1は個人Aのみの1人世帯、世帯2は個人Bと個人Cの2人世帯で構成されるものとする。また、世帯1と世帯2の世帯年収は同じ400万円とし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響に伴う所得の減少も同じで、それぞれ30万円の現金給付を受けたとする。

 このとき、世帯1では1人(個人Aのみ)で30万円を受け取れるが、世帯2では2人(個人B+個人C)で30万円なので、それぞれは平均で15万円の現金給付しか受け取れない。これは、「世帯」単位での給付が公平性の原則に反する可能性を示す。

 なお、「個人」単位でも、一律の給付でなく、所得制限を付けると、それも問題が発生する。例えば、上記の事例で、「個人」単位で現金給付を行うが、「年収350万円以下に給付」という所得制限をかけたとする。このとき、個人Bと個人Cは30万円の現金給付を受け取ることができるが、個人Aは給付を受け取れない。


2) 支給の条件

 では、当初案の「一定の水準まで所得が減少した世帯」との条件はどうか。政府が4月7日に閣議決定した緊急経済対策では、支給条件は「世帯主の月間収入(本年2月~6月の任意の月)が、(1)新型コロナウイルス感染症発生前に比べて減少し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準となる低所得世帯や、(2)新型コロナウイルス感染症発生前に比べて大幅に減少(半減以上)し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準の2倍以下となる世帯等」と記載されていた。

 まず、住民税均等割非課税の世帯年収は、独身世帯では約100万円以下、配偶者や子どもが扶養のとき、夫婦世帯では約150万円以下、夫婦と子ども1人の世帯では約200万円以下、夫婦と子ども2人の世帯では約250万円以下などである(注:数字は概ね10万円単位の値)。

 いま年収400万円の世帯(配偶者や子どもが扶養)が、新型コロナウイルスの影響で年収が45%減の220万円となったとする。このとき、上記(1)と(2)の条件では、この世帯が夫婦と子ども2人の世帯であれば((1)に該当し)現金給付30万円を受け取ることができるが、この世帯が夫婦と子ども1人の世帯であれば((1)と(2)の両方に該当せず)受け取ることができない可能性がある。扶養の子どもが1人多いか少ないかで、現金給付の受給に関する可否が決まってしまう。

 他方、世帯構成が同じ(夫婦と子ども2人の世帯かつ配偶者や子どもが扶養)だが、感染症発生前の年収が600万円の世帯と550万円の世帯がおり、どちらも感染症発生後の年収が300万円になったとする。このとき、夫婦と子ども2人の世帯における住民税均等割非課税の年収は約250万円のため、感染症発生後の年収が300万円ならば、(1)は該当しない。

 一方、この世帯における(2)の「個人住民税均等割非課税水準の2倍以下」の条件は「感染症発生後の年収が約500万円以下」を意味するから、感染症発生後の年収が300万円のどちらの世帯も、(2)のこの条件は満たす。しかし、感染症発生前の年収が600万円の世帯の年収減は50%だが、感染症発生前の年収が550万円の世帯は年収減が約45%のため、(2)の「感染症発生前に比べて大幅に減少(半減以上)」の条件は年収600万円の世帯は満たすが、年収550万円の世帯は満たさない。

 以上から、感染症発生前の年収が600万円の世帯は((2)に該当し)現金給付30万円を受け取ることができるが、感染症発生前の年収が550万円の世帯は((1)と(2)の両方に該当せず)受け取ることができない。元々、年収550万円の世帯のほうが家計が厳しいと思われるが、感染症発生前の年収の微妙な差異で、現金給付の受給に関する可否が決まってしまう。このような制度設計は公平性の原則に反しないか。

 また、支給条件の「...2倍以下となる世帯等」の「等」の解釈が明らかでなく、この「等」が「共働き世帯のケース」を含む可能性があるが、「世帯主の月間収入(本年2月~6月の任意の月)が」という条件が、共働き世帯にも適用となるのか否かも重要である。例えば、共働き世帯で世帯年収が同じケースを考えよう。このとき、年収減が世帯主ならば支給対象になるが、もし年収減が世帯主でなければ支給の対象外という扱いとなると、公平性の原則に反する。

 なお、新型コロナウイルスの影響で収入に変動がない生活保護受給者や年金受給者・公務員は基本的に(1)や(2)に該当しないが、低年金で老後の生活費の不足分を働いて賄っている世帯も(1)や(2)に該当する余地を可能性がある。

 しかしながら、失業手当の受給者などの扱いも気になる。失業手当の受給者を対象外にするが、失業手当の申請を遅らすことで30万円の現金給付を受け取れるならば、現金給付と失業手当のタイミングが異なる人々の間で不公平が発生してしまう。合理的な人間ならば、戦略的に申請のタイミングを変えるはずだ。


3) 賃金操作の可能性

 当初の政府案(制度設計)で最も問題なのが、戦略的な「賃金操作」をどう防止するかである。例えば、いま、独身世帯の従業員(年収120万円)を抱える企業が従業員の5月・6月分の賃金を年収ベースで30万円カットしたとする。このとき、この従業員(独身世帯)の感染症発生後の年収は、住民税均等割非課税の世帯年収(約100万円)を下回るため、支給条件の(1)に該当し、この従業員は30万円の現金給付を受け取ることができる。

 この賃金カットが、新型コロナウイルスの影響であれば問題ないが、そうでない場合も経営者は戦略的に賃金カットができるが、そのカット分は企業や経営者の利益となる。このような戦略的な賃金操作を政府は見抜くことができるはずがない。このような悪意のある企業は得をし、真面目な企業が損をする可能性も否定できない。

 また、支給条件の「世帯主の月間収入(本年2月~6月の任意の月)が、...年間ベースに引き直すと」も「賃金操作」を可能とする。例えば、月収15万円(年収180万円)の従業員(独身世帯)に対し、新型コロナウイルスの影響と偽り、その6月分の賃金を12万円カットし、7月分以降の月収は15万円に戻す戦略をとる。このとき、7月から12月の月収予測を6月分の賃金を基準にしながら、この従業員の年収を年間ベースに引き直すと、それは96万円(=15万円×5か月+3万円×7か月)になる。この年収は、住民税均等割非課税の世帯年収(約100万円)を下回るため、支給条件の(1)に該当し、この従業員は30万円の現金給付を受け取ることができる。


一律の現金給付+終息後の課税、給付の実行方法

 以上の問題を考慮しながら、本当に困っている人々に公費を投入する方法はないか。万能の策はないが、最終決着で一律の現金給付は既に決まっている。であるならば、現行制度でタイムリーな所得情報を把握するのは困難であるため、まずは一律の現金給付を行い、今回のコロナウイルスの問題が終息して経済活動が正常化してから、国債発行で賄った財源を長期間(例:10年間や20年間)かつ追加の薄い課税で償還する方法が考えられる。その際、所得の高低などに応じて追加課税を行えば、所得再分配的な効果をもつはずだ。

 東日本大震災でも、震災の復旧・復興財源を調達するため、政府は「復興債」という国債を発行しており、所得税の2.1%上乗せ(25年間)や個人住民税の年1000円上乗せ(10年間)等で財源を確保している。また、1923年9月の関東大震災後でも、復興債を発行している。これは課税平準化の理論に従うものだが、政府は危機時での保険的な機能(=コストの時間分散機能)も持ち、民間では負担できないコストを均すことができるのは政府しかいない。

 基本的に筆者は財政再建派で、通常であれば、このような提言には賛成しないが、政府の緊急事態宣言(2020年4月7日から5月6日)の発令により、今回の問題はもはや国民全体に波及しており、複雑で情報の非対称性が大きく、緊急性を要するという点が、これまでと全く異なる。しかも、ワクチンの開発に早くても1年半という専門家の見解もあり、新型コロナウイルスの問題がいつ終息するかも誰も分からず、いわゆるナイトのいう「真の不確実性」に我々は直面している。国民1人当たり10万円の現金給付であれば約13兆円の予算であり、財源的に確保不可能な規模ではない。 

 もっとも、本当の意味での実務的な問題はできる限り迅速に現金給付をどうやって行うかである。アメリカでも新型コロナウイルスの問題で現金給付(成人の国民1人当たり最大10万円程度)を行うが、内国歳入庁(IRS)が納税者が確定申告に利用した銀行口座に直接振り込む予定である(注:連邦税を納めていない場合は申請する)。日本でもアメリカのような方式が採用できればいいが、現時点では不可能だ。このため、技術的なツメが必要であるが、インターネットを利用し、筆者は以下の申請方式で(個人単位の一律給付を)実行できないかと考えている(注:今回の緊急経済対策でも、23ページに「マイナンバーカードの活用等、迅速な給付システムについて検討を行う」旨の記載がある)。


1) まず、政府は現金給付の手続きを行うための専用サイトを構築し、この専用サイトには、通知カードやマイナンバーカードに記載のある国民すべての「氏名」「マイナンバー」「生年月日」に関する情報をペアで蓄積する(注:専用サイトがペア情報を直接蓄積しなくても、マイナポータルの認証の仕組み等を利用し、いま政府が分散して保有する「マイナンバー」等の情報にセキュアな形式でアクセス可能とする)

2)次に、国民は自分の「通知カード」あるいは「マイナンバーカード」を用意する。

3)その上で、国民は専用サイトにアクセスし、メール認証のため、専用サイトにメールを入力して、サイトからのメール送信で簡単な本人確認をする。それが終了したら、「生年月日」(よりセキュアな状態にするために必要があれば「氏名」も)を暗証番号に、「マイナンバー」を入力し、「情報突合ボタン」を押す。

4)上記3の突合データ(「マイナンバー」「生年月日」等)は、暗号化した上で専用サイトが蓄積しているペア情報(「氏名」「マイナンバー」「生年月日」)と突合され、それが一致した場合に限り、下記5の振り込みサイトを表示する。

5)上記4の突合が成功したら、現金給付の振り込みサイトにおいて、振込先の「銀行名」や「口座番号」「氏名」を入力し、現金給付の口座振り込みを実行する。振り込み実行時点で突合データは破棄され、「マイナンバー」と「給付済み」の記録のみが専用サイトに保存される。

6)各家計は、自らの家族分、上記2-5を繰り返して実行する。>


 個々人の判断だが、現金給付が不要な場合は上記の申請を行う必要はない。また、電子的な申請が難しい人が多いと思われるは高齢者だが、その部分は公的年金の振込口座の情報を利用して振り込みを自動的に実行することも考えられる(注:その場合、公的年金の受給者の情報(生年月日も)と各受給者のマイナンバーは政府に情報があるので、上記2-5の電子的な申請を受け付けない措置をしておく)。それ以外の人々に対しては、電子的な申請に関する専用のコールセンターを設置して誘導すればよい。

 いずれにせよ、以上の対応が可能なのは、通知カードでマイナンバーを全ての国民に交付済みであるからである。仮にマイナンバーを交付していなければ、このような措置は実行できない。今後似たような危機に対応するため、過去の納税情報のみでなく、マイナンバーと銀行口座の紐づけなどをしっかりしておくことが望まれる。