メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.04.01

新型コロナウイルスとトランプ大統領

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!「経済展望」 のコーナー(2020年3月25日放送)

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が続いています。アメリカでも感染者の数が5万人を超えましたが(※3月26日時点)、トランプ大統領は、13日に国家非常事態宣言を行うまで楽観的な発言をしていましたね。

 トランプ大統領は、新型コロナウイルスが大変な事態を招くというのは、民主党が政治的に利用しているとか、メディアのフェイクニュースだと主張し、彼が極めてうまくコントロールしているので心配ないと発言してきました。

 彼は専門家の意見を聞いていないようでした。彼は検査器具は十分あると発言しましたが、政府の担当者は議会での証言で外国に比べ十分な検査が行われていないと誤りを認めました。非常事態宣言は検査の拡充が中心となりました。すぐにでもワクチンを開発できると述べた彼の発言を、担当者が一年から一年半くらいはかかると即座に否定しました。非常事態宣言の後もマラリアの薬が効くとか、一昨日(3月24日)も4月12日のイースター(復活祭)までは経済活動を再開できるだろうとかの楽観的な発言をしています。


トランプ大統領は、なぜ新型コロナウイルスの影響を否定するような発言をしてきたのでしょうか?

 株価と雇用に影響が生じることを恐れたのです。今年11月の大統領選挙に向けて、好調な株価と雇用を彼の成果として強調してきました。

 2017年1月の就任時に2万ドル程度だったダウ平均株価は今年2月12日の約3万ドルまで、実に1.5倍も上昇しました。雇用も拡大し、失業率は3.5%と50年間で最低の水準となりました。

 しかし、今月13日株価は2万ドルを割るまで暴落し、トランプ政権になってからの株価上昇が一気に吹き飛んでしまいました。株価の下落は、企業の財務状況を悪化させるとともに、国民に資産が減少したという意識を生むので消費者の購買意欲を冷やし、経済や雇用に影響を及ぼします。


雇用については、どうでしょうか?

 先進国では農業や製造業の地位が低下し、サービス産業などの第三次産業がGDPの8割程度を占めています。

 製造業の場合は、工場で作られた車は家庭で利用されます。生産されるところと消費されるところは同じではありません。ところが、サービス産業では、例えばニューヨークのブロードウェイに行ってミュージカルを見るように、多くの場合、生産と消費が、同じ時に、同じ場所で行われるという特徴があります。生産されている場所に人が行かないと、鑑賞できません。

 このように、サービス産業は基本的には人が集まるところで成立します。しかし、新型コロナウイルスの感染を防止するためには、人の集まりを規制しなければならないので、サービス産業が特に大きな影響を受けます。各国で外出が制限され、アメリカでは、ニューヨークのレストランは閉店、ブロードウェイは休演、ディズニーランドも閉鎖されました。

 サービス産業は多くの雇用を抱えています。アメリカでは、製造業は機械化が進んでいるので、GDPでは12%のシェアがありますが、雇用面では8%のシェアしかありません。ところが、GDPでは3%のホテルや飲食業が雇用では9%を占めています。小売業もGDPでは6%ですが、雇用では10%です。

 つまり、新型コロナウイルスで多くの雇用を抱えるサービス産業が影響を受ければ、雇用に大きな被害が生じます。小売業の店舗が閉鎖されれば、自動車など製造業の生産物も売れなくなります。この意味で、サービス産業の比重が高い先進国の方が、途上国よりも経済には大きな影響を受けると言ってよいかもしれません。


トランプ大統領の要請により、2兆ドル、日本円で220兆円にのぼる異例の規模の経済対策が米国議会で決定されました。

 今のままでは、株価の上昇や雇用の拡大を自分の成果と主張できなくなったトランプ大統領にとって、再選に向けての起死回生の一打です。しかし、これは、一人当たり日本円で十数万円の現金を直接給付するとか、経営が悪化する航空業界や中小事業者への資金支援など、事後的な救済対策です。これも重要なのですが、根本的な対策ではありません。今の事態が続く限り、かなりの国民が新型コロナウイルスの免疫を持つようになるまで、対策を続ける必要があります。

 オーバーシュートと呼ばれる爆発的な感染拡大が発生し、かなりの国民が新型コロナウイルスに感染して免疫ができれば(これは「集団免疫」と言われる)、それほど時間が経たないうちに、事態が収束する可能性もあります。しかし、イタリアのように、患者の急増に対応できる医療体制がなければ、多くの死亡者を出してしまいます。

 結局、ワクチンなどの治療薬を開発しなければなりません。しかし、それには1年以上かかると言われているので、それまでの間、感染が爆発的に拡大しないよう、人の移動を規制するしか対策はありません。これでは、サービス産業は影響を受けたままの状態になります。サービス産業への根本的な救済策にはなりません。

 経済政策の基本は、問題の根源にメスを入れることです。しかも、これは世界共通の問題です。ワクチンが開発されるまで経済への影響が続くというのであれば、ワクチンが早く開発できるよう、各国が協調して、これに人的・財政的な資源を投入すべきです。


11月の大統領選挙はどうなりそうですか?

 トランプ大統領の相手となる民主党ですが、候補者がオバマ政権下の元副大統領として行政経験もあり専門家の意見もよく聞くバイデン元副大統領に集約されつつあります。しかし、若者が国民皆保険や大学授業料免除などを主張するサンダース上院議員を圧倒的に支持しているので、彼が民主党の予備選に残ったままだと、民主党が分断され、まとまってトランプ大統領に対抗することは、難しくなります。

 結局、2割から3割いると言われる態度の決まらない中間層をどちらの候補者が獲得できるが大統領選挙のカギを握ります。これまでも経済が好調であれば現職が有利、そうでなければ現職は不利となりました。1992年の大統領選挙で、ビル・クリントンは「経済こそが重要なのだ」("It's the economy, stupid")というスローガンを掲げて現職のブッシュ大統領を破りました。今回は人の生命・健康に影響する感染症が経済・雇用にも影響しているという、すべての国民が重大な関心を持たざるを得ない、これまでにない事態です。中間層が意思決定するのが11月の選挙直前だとすれば、その時に新型コロナウイルスとアメリカの経済・雇用がどうなっているかが、選挙結果を大きく左右すると思います。