先日ドイツで恒例のミュンヘン安保会議が開かれた。日本からは茂木敏充外相が参加、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想推進の重要性を訴えるとともに、日露関係、北朝鮮、中東、新型肺炎などにつき、各国閣僚と議論したそうだ。昨年も河野太郎外相(当時)が参加しており、中国問題に関する日本からの対欧州情報発信はまずまず。
だが、今回の会議で最も浮き彫りになったのは、米欧関係のさらなる険悪化だ。産経新聞も「米国務・国防両長官が中露の脅威への対応で欧州に結束を求めたが、英独仏は応じず、米欧同盟の亀裂があらわになった」と報じた。最大の原因が米トランプ政権であることは論をまたないが、米欧関係悪化の前兆はすでに1990年代からあったと見る。筆者の見立てはこうだ。
■大西洋同盟VS大陸欧州
米欧同盟とはNATO(北大西洋条約機構)とEU(欧州連合)の集合体だが、実態は決して一枚岩ではない。これは米英を中心とする大西洋海洋同盟と米露間で埋没したくない独仏を枢軸とする大陸欧州同盟という同床異夢の2つの戦略的発想が合体したものだからだ。逆に言えばソ連崩壊後、NATOがギクシャクし、EUが弱体化するのも当然。トランプ政権は、それを加速させただけだろう。
■英仏独結束は弛緩
そう考えれば英国のEU離脱など不思議ではないし、大陸欧州から、さらなるEU離脱の声が出ないのも当然だ。EUの本質は独仏枢軸であり、英国が抜けてもEUは瓦解しない。唯一気になるのは最近独仏関係が以前ほど良好ではなくなったことだ。報道では昨年のNATO結成70周年の会合で、メルケル独首相がマクロン仏大統領を「あなたが壊したカップの破片を何度もつなぎ合わせるのはもう飽き飽きした」とののしったそうだ。伝統的に独外交は東を向き、仏外交は南を志向する。独仏の枢軸も昔ほど強固ではないようだ。
■独内政の先祖返り
懸念されるのはドイツ内政の混乱だ。地方政治で民族主義政党が台頭、その余波でメルケル首相の後継選びが頓挫してしまった。戦後のドイツは長期安定政権を続け大陸欧州の結束を支えてきた。独仏のバランサー役の英国が去り、独仏が割れれば、EU内の求心力は劣化するだろう。
トランプ政権発足以前から米国の対外戦略は変化しつつあった。今や米国の最大の敵はロシアよりも中国になりつつある。米国は欧州に防衛費増額や中国通信大手ファーウエイ排除を求めたが、対米不信を強める欧州がこれに応じる気配はない。
■「西側」とは何か?
ある米国識者は、今次ミュンヘン会議を「Westlessness」(西側という概念の消失)と喝破した。われわれが過去数十年間使ってきた自由、民主主義、人権、法の支配の「西側」とは一体何だったのか。今の「西側」は普遍的価値を維持・促進するどころか、共通の政治的立場すら維持できなくなっているではないか。
6年前筆者は「欧州情勢は複雑怪奇?」と題するコラムを書き、「ネオナチなど極端な排外主義が再燃する可能性は当面ないが、EUへの反発が高まり、欧州独自の動きは加速する」可能性を書いたが、事態はさらに悪化している。
昭和14年8月末、当時の平沼騏一郎内閣は、「独ソ不可侵条約により、欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」と述べ、総辞職した。われわれも「米欧関係は複雑怪奇」などとパニックにならないよう、日頃から正確な情報分析を心がける必要がある。