メディア掲載 グローバルエコノミー 2020.01.10
1.山下さん、あけましておめでとうございます。新年早々、スタジオにおいでいただきました。ここ数年の国際経済は、アメリカのトランプ大統領によって大きく動かされたという側面が大きかったように思います。今年11月に行われる大統領選挙で、トランプ大統領再選の可能性はどうでしょうか?
トランプ大統領は、軍事援助を行う見返りに、ウクライナに民主党の有力大統領候補であるバイデン元副大統領の行為を調査するよう要求したとして、弾劾されています。
野党の民主党が多数を占める連邦議会下院では刑事事件の訴追にあたる弾劾が可決されました。しかし、罷免するかどうかを決定する上院では、共和党が多数を占めているため、罷免に必要な3分の2以上の賛成を集めることは難しいと言われています。
日本の国会と違って、アメリカの政党は党議拘束をかけないので、議員は党の方針とは異なる行動をとることが通常です。しかし、今回、共和党の議員は一致してトランプ氏を支持しています。これは共和党の党員のほとんどがトランプ氏を支持しているため、彼を支持しないと次の選挙で自分たちが当選できなくなると恐れているからです。 しかし、12月中旬になって、共和党の大きな支持基盤であるキリスト教福音派の有力誌の編集長が、トランプ氏を、不道徳で大統領にふさわしくないと批判しました。これによって共和党員の支持が揺らぐようだと、彼は再選のために得点を稼ごうとして貿易交渉により積極的になることも考えられます。モノについての貿易協定に次ぐ二段目の日米交渉を強く求めてくるかもしれません。
2.具体的に、米中貿易摩擦などアメリカの通商政策はどのようになるでしょうか?
昨年末に、米中間の第一段階の貿易合意が行われました。トランプ大統領にとって重要な事項は、中国の米国産農産物の輸入拡大と中国産スマートフォンなどへの制裁関税の発動見送りだったと思われます。
前回2016年の大統領選挙で、彼は貿易によって雇用が奪われていると主張し、ミシガン州やオハイオ州など、ラストベルトと呼ばれる中西部の鉄鋼、自動車業界の労働者の票を集めて、勝利しました。今回の選挙でも中西部は重要です。その中西部はラストベルトであると同時に、コーンベルトと呼ばれる農業地域でもあります。このため、中国に農産物の輸入拡大を約束させました。日米貿易交渉を要求したのも、アメリカ抜きのTPP11の発効によって日本市場でアメリカ産農産物がオーストラリアやカナダなどのライバル国と比べて競争条件が不利になったからでした。
中国への制裁関税の発動見送りは、アメリカが譲歩したようですが、実は消費者から反発を受けるので、トランプ氏がやりたくなかったものでした。これまで、消費者に影響が少なく、また中国以外の国から輸入ができるような品目から、中国への制裁関税の対象にしてきました。今回発動を見送った品目は、ノートパソコン、スマートフォンなど、消費財で中国からの輸入がほとんどというものです。
日本政府が日米貿易交渉に応じたのは、自動車関税を大幅に引き上げられることを恐れたからでした。昨年5月に自動車関税を判断する期限を迎えましたが、これを延期して迎えた11月の期限を超えても、これを発動していません。 対中制裁関税の発動や自動車の関税引き上げを見送ったのは、トランプ氏が大統領選挙で消費者を敵に回すことを恐れたからです。このように、彼の弱点は、農業と消費者だということがわかります。
ただし、米中間で残されている国有企業への補助金などの問題は、中国の国家体制の在り方と結びつく問題なので、解決は容易ではありません。また、アメリカの中でこれらの問題に関心を持っているのは、トランプ大統領というより、共和、民主を問わず超党派で存在する対中強硬派の議員たちです。アメリカは、この問題を解決するために、すでに発動している2500億ドル分の関税25%については、そのままにしています。米中貿易戦争は、覇権争いと絡むだけに、解決は容易ではありません。これはトランプ政権が終わっても続く可能性があります。
3. WTO(=世界貿易機関)の問題もあります。アメリカの反対で紛争処理にあたる委員の選任ができず、1995年の設立以来初めて機能停止に追い込まれましたね。
アメリカは、紛争処理機関が法律を作るに等しいような解釈を行っていることや判決が出るのに長い時間がかかることを理由に、委員の任命に反対しています。しかし、WTOでの交渉が停滞し、経済の変化に対応した新たな協定が作られないことから、紛争処理機関が現実に沿うような解決策を示しているのだと思います。多数の国がいるWTOでの交渉で新しい協定作りが困難であれば、TPPなどの自由貿易協定交渉で新しい協定を作り、その成果をWTO協定に反映するという道もあります。それなのに、トランプ大統領はTPPから脱退してしまいました。国有企業に対する規律、知的財産権の保護や強制的技術移転要求の禁止など今アメリカが中国に是正するよう求めていることの多くは、TPP協定の中に書かれています。アメリカはTPP協定の重要性を再認識すべきです。
4.そして、イギリス。EU離脱・ブレグジットはどうなるのでしょうか?
1月末にブレグジット協定が発効しますが、2020年中に新たな自由貿易協定をEUと締結することになります。日本とEUの自由貿易協定のように、その交渉は4年程度かかり、一年でまとめるのは難しいので、これが合意できなければ、2020年末に合意なき離脱と同じ状況になるという心配があります。しかし、日本とEUの交渉も真剣に交渉したのは、一年足らずでした。また、交渉で一番難航するのは、農産物などの関税をどこまで下げるかといったものですが、今イギリスはEUの中にいるので、イギリスとEUの間の関税はゼロです。これをそのまま協定で約束すればよいだけのことです。予定通り、2021年から新しいイギリスとEUの関係ができると思います。これに間に合うよう、今年には、日本とイギリス、アメリカとイギリスとの間の自由貿易協定の交渉も始まります。また、イギリスはTPPへの参加にも関心を持っています。
2020年も、通商関係では多くの出来事がありそうです。