メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.01.06

保守党大勝で英・EU交渉はどうなる? :ブレグジットは確実に。今後の交渉は難航するのか

論座に掲載(2019年12月15日付)

保守党が勝ったのは労働党のオウンゴール

 ブレグジットが争点となった英国の総選挙で保守党が圧勝、労働党が惨敗した。

 3年前の国民投票では、離脱と残留の票数の比率は52%対48%、その後の世論調査では、残留派の方がわずかだが上回っていた。今でも英国民の中で離脱と残留は拮抗している。

 選挙戦が始まったときは、どうなるかわからない、保守党も労働党も単独過半数をとれないのではないかという見方があった。それなのに、離脱を掲げた保守党が労働党を圧倒した。

 労働党サイドに立って、いくつか理由を挙げてみよう。保守党の圧勝は、ジョンソンの手柄というより、労働党のオウンゴールに見えるからだ。

 第一に、保守党が離脱を明確に掲げたのに対し、離脱と残留の異なる意見を持つ議員を抱える労働党は態度を決めることができなかった。このため、労働党は残留派の受け皿になれなかった。

 第二に、ブレグジット党は保守党の現職議員がいる選挙区で候補者を立てないとして、早々と保守党とブレグジット党の離脱派連合が成立した。これに対し、態度を決められない労働党は残留を主張する自由民主党との選挙協力に消極的となってしまった。残留派連合は成立しなかった。

 小選挙区制なので、僅差でも他の候補者よりも多くの票を獲得した候補者が当選する。残留派が多数を占める選挙区で、労働党A、自由民主党B、保守党Cの3人の候補者がいて、それぞれの得票が33%、33%、34%なら、離脱派である保守党のCが当選する。

 第三に、英国民のブレグジット疲れである。3年半も堂々巡りをしている政治に早く決めてくれという気持ちになっていた。ブレグジットを話題にしないことを謳ったニュース番組も出るほどだった。

 それなのに、労働党は再度EUと交渉してジョンソンとは別の離脱案をまとめ、それと残留を選択肢とする国民投票を再度実施するのだと提案した。これでは、またいつ決まるかわからないという状態が継続してしまう。

 第四に、ブレグジットで守勢に立った労働党は内政問題に焦点を当てようとした。社会保障の充実とかアピールしたものもあったが、急進的な社会主義者であるコービン党首はインフラ部門の国有化など時代錯誤な提案を行い、逆に反発を招いてしまった。

 最後に、2016年の米国大統領選で民主党がトランプにしてやられたことを、ジョンソンにやられてしまった。

 トランプが勝利した大きな理由は、移民や貿易が仕事を奪ったと主張してこれまで民主党の牙城と言われた中西部のラストベルト地帯の有権者をトランプ支持に転向させたからだった。コービンたちは同じことが自分たちに起きるとは思わなかった。今回労働党はこれまで牙城だったイングランド中・北部の「赤い壁」と呼ばれる地域をジョンソンに奪われた。

 米国の先例がありながら、これへの対策を用意していなかった。米国の民主党も英国の労働党も、鉄とか石炭などの衰退産業の労働者を、それぞれ対立する共和党、保守党に奪われた。

 しかし、スコットランドでは、残留派のスコットランド民族党が59議席中48議席も獲得し、保守党は敗北している。労働党が自由民主党と残留派連合を作っていれば、結果はどう転ぶかわからなかった。残留を主張し、大きく議席を伸ばすことも予想された自由民主党は、党首も落選するなど、大きく沈んだ。

 今回総選挙をしなくても、EUからの離脱協定案は国会で承認される可能性が高かった。それなのに、ジョンソンは総選挙に打って出るというギャンブルに出た。

 このギャンブルの勝者となったジョンソンは、5年間首相の地位を保つことができる。しかも過半数を大きく上回る議席を単独与党が有する安定政権である。もうメイ首相のように、EUと合意した協定案を3度も議会に否決されるようなことは起きないだろう。


次の英国とEUの自由貿易協定交渉

 いずれにしても、これで1月31日のブレグジットは確実になった。

 2020年末までの移行期間(この間英国はEUの関税同盟、単一市場にとどまる)中に、英国とEUとの将来の関係を決める自由貿易協定交渉が行われる。この移行期間は2022年末まで2年間延長できる(2020年7月に英国とEUの合意が必要)こととなっているが、ジョンソン保守党は2020年中に決着させると公約しているので、延長は難しい。

 もし、2020年末までの移行期間の間に合意できなければ、2021年1月英国とEUとの間は無協定状態となり、"合意なき離脱"という状態が発生してしまう。

 これについて、専門家と言われる人たちや一部のマスコミは、通常利害が対立する自由貿易協定の交渉には数年かかる(日・EUの自由貿易協定交渉は4年以上かかった)し、金融サービスという分野もあるので、この交渉は容易ではないとか、1年で決着するとかはありえないなどと主張している。

 11月22日付のFinancial Timesは、二つの違う見方を伝えている。ジョンソン首相やEU貿易担当大臣であるフィル・ホーガンは「英国は46年間もEUのメンバーだったので、2020年の交渉はそれほど時間が必要なものとはならない」との考えを示している一方、欧州委員会の幹部は「この交渉は通商交渉の経験のない英国政府にとって大変な交渉になるだろうし、EU加盟国は欧州委員会に英国に厳しい態度をとるよう要求するだろう」と述べているというのだ。

 どちらの見方が正しいのだろうか?


自由貿易協定交渉で交渉されるもの

 まず、一般的に自由貿易協定交渉では、何が交渉されるのだろうか?

 第一には、モノの貿易を巡る交渉である。

 交渉の基本は、関税の撤廃(少なくとも削減)である。貿易の額や品目について90%以上の関税を撤廃するという一応の目安がある。日本のように高い関税で農業を守ってきた国は、農産物の関税の削減・撤廃に強く抵抗する。

 GDPに占める産業の割合としては、サービス産業が圧倒的に大きく、続いて製造業、農業である(日本では、それぞれ7割、2割、1%)。どの自由貿易協定交渉でも、もっとも政治的に問題となり最後までもめるのは、モノの関税、とりわけ農産物関税の扱いである。

 農業に林業、漁業を加えた産業が各国のGDPに占める割合は、日本1.2%、EU域内で最大の農業国と言われるフランスで1.6%、英国0.6%、世界最大の農産物輸出国であるアメリカで0.9%、オーストラリアでさえ2.6%に過ぎない。

 一国の経済上の重要性と自由貿易協定交渉における重要性は全く別ものである。経済的に大きいからとか、問題の解決が技術的に難しいからという理由で、交渉が難航・長期化するのではない。10月の英国とEUの国境に関するブレグジット交渉も技術的に困難な問題を議論したが、交渉したのは1週間ほどである。

 農業の規模は小さく、その交渉は、関税をどこまで下げるか、輸入枠をどこまで広げるかという単純なものである。それなのに、農業が通商交渉で最も重要な地位を占めてきたのは、農業がこれらの国で政治的に重要だからである。

 各国とも自国の国内政治から譲れるギリギリの線がある。農産物輸出国が、輸入国の農業生産の維持という観点から許容できる防衛線を越えてアクセス拡大を要求するため、難航するのである。通商交渉が難航するのは、合意に達するために、双方が自国内部で国内産業への説得などの利害調整に、多大の時間と労力を要するからに他ならない。

 第二に、サービス貿易についての自由化交渉である。

 サービス貿易の自由化は、他国に与えたと同等のアクセスを与えるという「最恵国待遇の原則」と自国の企業と同等の扱いをするという「内国民待遇の原則」の二つの原則で行われる。WTOでは、モノの貿易については、基本的にはこの原則を必ず守らなければならないが、サービス貿易について相手国にどこまでこれを認めるか、あるいは何を例外として認めないかについては、交渉で決定される。つまり各国に裁量の余地があるということである。

 それ以外に、自由貿易協定には、基準や規格、食品や動植物の検疫措置、政府調達、知的財産権、投資、国有企業などの交渉分野がある。


EUが英国に要求する事項

 では、英国とEUの交渉に特殊な事情はあるのだろうか? Financial Timesによると、EUが要求する事項は次である。

 EU側のブレグジット主席交渉官で今後の英・EU自由貿易協定交渉の担当となることが決まっているミシェル・バルニエは、英国がEUのルールから離れていくほど、英国のEU市場へのアクセスは限定されたものとなるだろうと主張している。言い換えると、労働者保護、環境規制などでEUのルールより緩やかな規制を英国が採用すれば、英国の産品の競争力が高まることになるので、EUは市場を制限する(関税を上げる)か英国がEUと同じような規制を採用するよう、要求することになるというのだ。

 同様なことは、ドイツのメルケル首相も警戒している。今後英国はEUの競争相手となるというのだ。

 これは、アメリカが通商交渉でよく主張する the level playing field(共通の土俵)である。しかし、そのような厳しい縛りをかけられると、英国としては何のためにブレグジットをしたのかわからないことになる。ブリュッセルから主権を回復して自由に法規制を定められるようにしようというのがブレグジットだからである。

 金融サービスについては、EU加盟国ほか31か国で形成するヨーロッパ経済領域(EEA)内のどこか1か国で認可されれば、領域内のどの国でも自由に金融業を営むことができる、シングルパスポートという制度がある。この制度があるため、金融機関の多くがシティのあるロンドンにヨーロッパでの事業拠点を置いている。

 しかし、離脱後EUが英国にこの制度を認めるかが問題である。EUが結んでいる自由貿易協定の中の金融サービスでは、EUと同等の規制を行っている国に限りEUへのアクセスを認めるという同等性評価(equivalence assessment)を要求している。英国の金融制度にEUとの同等性を認めるかが争点となる。

 自由貿易協定交渉ではないが、Financial Timesは、英国の漁業水域で操業してきたフランス、スペイン、デンマークなどのEU加盟国にとって、英国の漁業水域での操業は最重要課題であり、これを英国に強く要求するだろうとしている。

 以上から、英国とEUの交渉は難航し、時間がかかると主張される。


「専門家」が見落としている重要点

 しかし、これは最も重要で基本的な事項を見ていない。

 それは、今英国はEUの中にいるので、英国とEUの間でモノについてはすべての関税はゼロだし、英国の金融機関はEUの金融機関と同じ条件で活動しているということである。つまり、今英国はEUと完全な自由貿易協定(モノやサービスの貿易の100%の自由化)を結んでいる状態なのである(これはTPPなどどの自由貿易協定も達成していない完成品である)。これをそのまま協定案文に書くだけで交渉は一瞬のうちに終わる。

 日本とオーストラリアの自由貿易協定のように、それぞれが相互に適用する関税が異なり、また撤廃されていない状態から交渉を始めるのではないのである。また、日本とEUの交渉が4年もかかったと言われるが、実際に真剣に交渉したのは日本がTPP交渉を終了した後の1年だけである。同じく日米の貿易交渉も1年足らずで合意している。

 また、メイ首相がEUと合意したバックストップは2020年までの移行期間中に合意がなされない場合の措置だった。10月にジョンソンがEUと合意した北アイルランドの国境問題の解決策は、合意できないときのバックストップではなく、将来の英国とEUの協定内容を先取りして合意したものである。つまり、2020年の交渉の最も重要な争点は、すでに解決済みである。


EUの主張の難点

 EUの主張に簡単にコメントしよう。

 まず、the level playing fieldの議論については、将来ともEUのルールを採用し続けるよう主権国家に要求することはできない。逆に、相互主義の観点からは、EUが英国よりも規制を緩和することも認められないことになるが、EUとしてそれでもよいのか?

 結局、NAFTAやTPPの「貿易と労働」や「貿易と環境」に関する章を参考にして協定を作ることになるのではないか。私がジョンソンなら、日本との自由貿易協定でEUは日本に同等の規制を要求していないではないかと主張するだろう。

 EUは域外のアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーにもシングルパスポート制度を認めている。英国はEUと同等な金融規制を維持すれば、最恵国待遇の原則からこれを要求できる。何が同等か、どこまでEU規制からの乖離を認めるかという問題はあるが、英国としてシングルパスポート制度がどうしても必要だというなら、同じ規制を採用すればよい。

 なお、ユーロビジネスについては、ブレグジットを見越して、金融機関の多くは既にその拠点をロンドンから大陸に移している。実体的には、すでにブレグジットは行われている。

 より重要なことは、自由貿易協定等の交渉は、モノの自由化、サービスの自由化、知的財産権、投資などさまざまな分野があるが、それぞれ別個に交渉されても、最終的にはパッケージで合意される。金融については、EUが英国に権利を認めることになるが、漁業については立場が逆である。金融についてEUが厳しい対応をするなら、英国は漁業について厳しい対応をすればよい。

 経済規模の大きい金融サービスと規模が小さい漁業は釣り合わないと思われるかもしれない。しかし、すでに述べたように、通商交渉における重要性は経済規模が大きいかどうかではなく政治的に重要かどうかで決まる。フランスなどの国にとって、英国の漁業水域へのアクセスは政治的に極めて重要である。

 タイミングとしても、英国とEU双方がどうしても合意なき離脱を回避したいというのであれば、2020年中に合意するしかない。2020年が真のデッドラインと考えるなら、それに合わせて集中的に交渉し、政治的な日程を組むだけのことである。

 なお、バルニエだけでなくEUの首脳だったユンカーやトゥスクたちは、そもそもブレグジットを好ましいものとは思ってなかった。ブレグジットが争点となった選挙の期間中に、権謀術数に長けた海千山千の欧州委員会の幹部たちが、2020年1月末に離脱しても次の交渉が難航し、合意無き離脱の可能性があると発言する裏には、英国民に離脱をあきらめさせようとする意図があったからだろう。かれらが本気でこれを信じているとは思えない。