メディア掲載  外交・安全保障  2019.12.18

方向性失う3つの最前線国家

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年12月12日)に掲載

 ウクライナ、トルコ、韓国。これら3国の共通点は何か。最近まで筆者の頭の中で3国の相互関連は希薄だったが、今年に入り3国は21世紀の国際情勢の隙間にはまり、迷走を始めたかに見える。

 トルコは一時中東全域と欧州の一部を支配したイスラム帝国、韓国は東アジアの儒教国、ウクライナは旧ソ連の一部で東方教会の国だが、皮肉にも、以前3国はそれぞれ属する同盟の優等生だった。

 米韓(日米同盟を含めて)同盟、NATO(北大西洋条約機構)、ソ連邦(当時)と属する枠組みは異なるが、3国は個々の同盟の維持強化に大きな役割を果たした。

 その3国が今や現代の「最前線」国家となり、方向性を失いつつあるのは偶然ではない。しかも、それには西側、特に米国の責任が大きい。われわれは、3国を部分的にせよ失ってしまうのではないか。今回は筆者がこう考える理由を書こう。


◆ウクライナ

 ソ連崩壊後独立を回復したウクライナは2度の革命を含む内政の混乱に乗じ、ロシアが影響力を拡大、ついにはクリミアを失ってしまう。一方、2004年までに、バルト三国からルーマニアまでほとんどの東欧諸国がNATOに加盟したため、ウクライナはロシアにとり、最後の防衛線のひとつとなった。

 ウクライナは、その意図に反し、ロシアと拡大NATOに挟まれた脆弱(ぜいじゃく)な最前線国家になったのだ。ロシアはウクライナ東部を事実上確保しているが、決して同地域を併合しない。そこが統一を維持するウクライナという「緩衝地帯」だからだろう。そのウクライナの大統領に何と米国の大統領は圧力をかけ、軍事援助と引き換えに自己の政敵の贈収賄捜査を求めた。当然ウクライナはロシアに対し、一層脆弱となる。米外交の何たる醜態か。


◆トルコ

 1952年のNATO加盟以来、トルコは常に対ソ連抑止の要だった。ところがEU(欧州連合)はイスラム大国のEU正式加盟を決して認めない。業を煮やしたトルコでは内政のイスラム化が進み、隣国シリア内戦悪化を機に、敵対するクルド勢力掃討作戦などを通じ中東方面での影響力拡大を図るようになった。

 さらに最近ではロシア製防空システムを購入し、NATOとも一線を画し始める。こうしてトルコも迷走する最前線国家のひとつとなっていった。驚くべきことに、そのトルコに対し米国大統領は、駐留米軍の撤退と引き換えにシリア北東部への軍事介入を事実上認めたのだ。トルコの迷走はこれからも続くだろう。


◆韓国

 こう見てくれば韓国も例外ではない。朝鮮戦争直後に東アジアにおける米国の強力な同盟国だった韓国も最近の北朝鮮「核保有」、中国の台頭と米国の相対的影響力低下を見て半島史上初めて「朝鮮民族の歴史」の主人公となる機会が到来したと勘違いしたのだろう。文在寅(ムン・ジェイン)政権は中朝との関係改善と強力な対米同盟関係維持が両立すると考えたが、これは白日夢だ。

 この時点で何を血迷ったか、米国大統領は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との直接交渉を始めた。米大統領と直接話せる金委員長は当然韓国大統領の足元を見始める。南北対話は進まず、北朝鮮は非核化を行わず、米朝交渉は今や決裂しつつある。

 もう十分だろう。マクロン仏大統領はNATOを「脳死状態」と断じたが、真の問題は米外交の劣化なのだ。現代の最前線国家ウクライナ、トルコ、韓国を失わないためにも、今こそ米外交の真の英知が求められている。