メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.12.17

トランプの意に反する証言をしたビンドマン:大統領弾劾に垣間見えたアメリカの良心/翻って日本は...

論座 に掲載(2019年11月28日付)

異常なトランプ

 トランプ政権が発足してから、我々は理想としてきたアメリカの民主主義と異なる政治を見ることになった。  多数の人種からなり多くの文化が影響し合うアメリカを、アメリカ人は誇らしげに"人種のるつぼ"(a melting pot)と呼んできた。我々も、多様な文化や人々を受容する力こそ、アメリカ発展のエネルギーだと思ってきた。

 しかし、トランプは、戦後多くの人たちが克服するよう努力してきた人種差別を容認するような発言を行ったり、黒人、イスラム、ヒスパニック系の少数派の人たちを攻撃したりした。これは、少数派の人たちによって雇用や社会の安定を損なわれていると感じている白人労働者層の人たちに熱狂的に迎えられた。こうしてトランプは、アメリカの分断を煽り、さらに悪化させた。

 外交面でも、トランプが好きなのは、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩委員長、中国の習近平主席などの非民主主義国の独裁者たちである。

 ロシアが2016年の大統領選挙にサイバー攻撃を仕掛けたのはトランプ政権内でも一致した見解なのに、プーチンが否定しているから、そのようなことはなかったのだと記者会見で発言している。トランプは、アメリカ政府内の意見よりも、これらの独裁者の主張に理解を示す。

 本来同盟国であるはずのヨーロッパ諸国に対しては、防衛費をもっと増加しろとか対米貿易黒字を縮小しろと要求するなど、むしろ敵国のような対応をとっている。反射的に、EUから離脱しようとしているイギリスのジョンソン首相を「イギリスのトランプ」だと持ち上げている。

 最近でも、シリアから米軍を撤退させて、IS掃討のためアメリカと協力してきたクルド人勢力をトルコ軍が攻撃する道を開いてしまった。そのうえ、超党派の連邦議会議員の反対があるのに、トルコの独裁的なエルドアン大統領をホワイトハウスに招き、共同会見で「私は大統領の大ファンだ」と主張している。

 移民政策でも、中南米からの移民が犯罪や麻薬の元凶となり雇用を奪っているとして、議会の予算決議を無視してメキシコ国境に壁を建設している。貿易面でも自由貿易が雇用を奪ってきたとして、TPPから離脱したほか、WTO協定を無視して、鉄鋼の関税を上げたり、中国に関税競争を仕掛けたりしている。


ロシア疑惑とウクライナ疑惑

 トランプに対しては、ロシア疑惑をめぐって弾劾すべきだという意見があった。

 しかし、国民の投票で選ばれた大統領の職をはく奪する行動を開始することについては、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は消極的だった。また、下院が弾劾手続きを開始しても、上院議員の3分の2の賛成がなければ弾劾を決定できないため、共和党が上院の多数を占める以上、実現は困難と考えられた。ペロシは返り血を受けることを懸念した。

 ロシア疑惑では、トランプの側近らとロシア側との共謀はあったのか、トランプによる司法妨害はあったのかについて、1年10か月もかけてモラー特別検察官による捜査が行われた。

 モラーは、共謀については認定しなかったが、司法妨害については、大統領による司法妨害を示す事例を数多く指摘する一方、大統領が罪を犯した証拠はないが、潔白が証明されたわけでもないと結論付けた。その際、司法省の内規により、大統領は訴追されないと述べ、辞職後の刑事訴追の可能性を示唆した。ところが、トランプは共謀も妨害もないことが明らかになったと主張した。

 しかし、今回のウクライナ疑惑については、ペロシも弾劾に踏み切ることになった。

 発端は、トランプとウクライナの大統領との電話会談で、ロシアからの侵略を防ぐための軍事援助約4億ドルを提供する見返りに、民主党のバイデン前副大統領とその息子のハンター・バイデンについて捜査するよう、トランプがウクライナ大統領に圧力をかけたとする、内部告発だった。内部告発者はホワイトハウスの関係者から情報提供を受けたCIA関係者だと言われているが、氏名は公表されていない。

 ジョー・バイデンは民主党の有力な大統領候補である。バイデンが副大統領だった時、息子のハンター・バイデンは、汚職是正をアメリカが求めているウクライナのガス会社・ブリズマの取締役として月5万ドル(550万円)の巨額な報酬を受けていた。トランプは、ウクライナ当局による汚職捜査をやめさせようと、バイデン前副大統領が不当な圧力をかけたのだと主張している。

 また、トランプは、ロシア疑惑を根底から否定するため、2016年のアメリカ大統領選挙に介入したのはロシアではなくウクライナであることを捜査するよう、ウクライナの大統領に要求したと言われている。


外交の裏ルート

 政府関係者の議会証言により明らかとなった事実は、次のとおりである。

 トランプは短い電話会談の記録を公表して事実を否定したが、これを傍聴した複数の職員は、トランプがウクライナ大統領に圧力をかけたことをはっきり聞いたと証言している。長年行われてきたブリズマの汚職問題とハンター・バイデンとは何の関係もない(関連付けようとするのは針に糸を通そうとするようなもの)。2016年大統領選挙に介入したのはロシアでありウクライナではない。

 ウクライナ政府に対するルートに、ロシアの脅威を抑制するためにウクライナを援助しようとする国家安全保障政策(national security policy)上の公式なルートの他に、トランプの再選を実現するために、2016年選挙でロシアの介入を否定したり、政敵バイデンの評価を貶めたりしようとする非公式の裏ルートが存在した。公式なルートを担当している国務省の職員たちは、裏ルートの活動を知らされなかった。国家安全保障会議の元欧州ロシア部長のヒルは、裏ルートを国内政治の使い走り(domestic political errand)と痛烈に批判した。

 裏ルートに関与しているのは、トランプの他に、トランプの民間法律顧問であるジュリアーニ元ニューヨーク市長、ポンペイオ国務長官、ソンドランド駐EU大使、ミック・マルヴェイニー首席補佐官代行たちである。

 ジュリアーニは公式ルートで活動する駐ウクライナ大使が邪魔だと考え、彼女に誹謗中傷を加えたうえ、ポンペイオに指示して理由を告げずに大使職を解任させている。彼女は、突然次の飛行機でアメリカに帰国するよう命令されたという。議会証言中も、トランプはソマリアなど彼女が赴任する先々でその国はおかしくなっていると非難した。

 裏ルートの関係者でウクライナ政府と接触したのは、ソンドランドである。

 かれは民間のホテルマンでトランプに百万ドル以上の献金をしたことで駐EU大使となった。ウクライナはEUに属してなく、駐EU大使は対ウクライナ外交をする公式な権限はない。

 証言を求められたソンドランドは、最初トランプの介入を否定していたが、ほとんどの証人がこれを認めたことから、前言を翻した。ウクライナのレストランからトランプにかけた電話は、トランプの声が大きかったことから、重要な部分をウクライナのアメリカ大使館員に聞かれている。その大使館員もこの電話でトランプがウクライナに捜査するよう求める発言をしたことを証言している。ソンドランドはこの大使館員に、トランプにとって重要なのはロシアへの対抗ではなく、バイデンの捜査だと述べた。


カルト集団となったトランプ共和党

 この一連の議会証言で、醜さを示しているのが、トランプと共和党議員たちである。

 まず、ホワイトハウスは、議会からの資料要求を拒否するばかりか、職員に議会の喚問に応じないよう要求した。そして議会の承認申請に応じた職員にトランプは非難・中傷を浴びせている。特に、トランプがウクライナ大統領に圧力をかけた部分を削除した電話記録を公表したことは、捜査妨害の疑いが高い。

 共和党議員たちもトランプに忠誠心を見せようと必死である。来年は下院議員の全てが改選を迎える。トランプに逆らうと共和党の予備選挙で対立候補を立てられ、本選に立候補すらできなくなる。トランプが、内部告発者の氏名を公表して証人喚問すべきだと主張すると、オーム返しに同じ主張を行う。こんなことをすれば、だれも怖くて内部告発しようとはしなくなるはずだが、その道理が通じない。

 ある共和党議員はこの審査の始まりとなった内部告発者を喚問すべきだと主張したところ、民主党議員から「その通り。これを始めたトランプ大統領の召喚を歓迎する」と切り返されている。また、審査している下院情報活動委員会の共和党筆頭委員にも裏ルートの工作に関与したという疑惑が上がっている。

 残念ながら、今の共和党はトランプを教祖とするカルト集団のようだ。


「私は大統領の意に反する発言もできます。ここはアメリカですから」

 しかし、アメリカ人の好きな"Every cloud has a silver lining"ということわざのように、どんなことにも良いことがある。

 醜い政治家と対照的だったのが、証人喚問を受けて、トランプを始めとする閣僚たちに不利な事実を毅然と証言した人たちである。

 特に、目を引いたのは、アレキサンダー・ビンドマン国家安全保障会議(NSC)ウクライナ担当(陸軍中佐)である。

 ユダヤ系ロシア人だった彼は、3歳の時に兄弟とともに父親に連れられてソ連からアメリカにわたった。このとき父親の所持金は700ドルだった。後に兄弟3人共軍人となっている。ビンドマンはウクライナ語とロシア語を操り、またキエフとモスクワの大使館に勤務し、軍内部でも重要な人物として高い評価を受けている。また、彼は戦争で死傷した軍人に与えられるパープルハート章も受けている。

 ビンドマンはトランプの電話発言を聞いて、直ちにホワイトハウス内の法律顧問に政敵を外国政府に調査させることは、不適切であると報告している。

 その彼に対して共和党議員は、上司が彼の判断の正しさを疑っているとか、ウクライナから防衛大臣の就任要請を受けたことからアメリカに対する忠誠心を持っていないのではないかといった非難を行った。彼の証人としての信頼性を損なうよう攻撃したのである。

 証人喚問は最初非公開で行われた後、二回目は公開で行われたが、テレビ中継された公開の審査では、このような批判を覚悟したのだろうか、用意した発言原稿を読み上げるビンドマンの手は震えていた。

 その発言の中で、彼は父親にこう呼びかけた。

 「ロシアでは死を覚悟しなければ大統領に反する発言をすることはできません。お父さん、今日、私が連邦議会で証言をすることが、あなたが40年前にソ連を離れてアメリカに来たことが間違っていないことを証明しています。私は、大統領の意に反するような発言もできます。なぜなら、ここはアメリカですから」

 この発言に、委員会室から拍手が起こった。貧しい移民の子供がアメリカで夢をかなえる。本来、このようなエピソードは、保守的な共和党が好むものである。

 もちろん、ホワイトハウス内での彼の評価は最低である。トランプは激怒していると言われ、記者会見でも、ビンドマンなんて知らないと言い、彼らは別室で電話会談を直接聞いているのに、また聞きのまた聞きを言っているだけだと反論している。

 しかし、彼をホワイトハウスに送り込んでいる国防総省は、エスパー国防長官を筆頭に、彼が報復的な扱いを受けないよう、徹底的に擁護・保護する構えである。彼が陸軍という組織の一員だからではない。彼が国家のために正しい行為をしていると信じているからである。


日本にビンドマンは出ない

 ひるがえって、日本はどうだろうか?

 もちろん、内部告発が起きたり、政府の関係者が上層部の矛盾を暴くような行為がおきたりしない社会が良いにこしたことはないだろう。しかし、現実はそうはいかない。

 11月21日、公的行事を私物化したと批判されている総理大臣主催の「桜を見る会」について、菅官房長官は、野党議員が資料要求した同じ日に招待者名簿が廃棄されたことについて、担当者は資料請求が行われていたとは知らず廃棄したものであり、問題はなかったと主張した。

 これを額面通りに受け止める人は少ないだろう。いわゆる森友問題でも、関係者が官邸の意向を忖度したようで、文書の改ざん、偽装工作が行われている。

 内閣人事局に各省庁の幹部職員人事の権限が集中しているため、省庁は官邸の意向を忖度しながら、政策を企画・立案するようになっている。官邸のリーダーシップがなさすぎるのも問題だが、安倍長期政権で、官邸への権限集中の弊害が目立つようになった。官邸の意向に逆らう人物は、官邸だけでなく各省庁内部でも、重要な政策決定から排除されるだろう。

 安倍首相の在職期間は同郷の桂太郎を抜いて歴代一位となった。ある海外の日本研究の教授は、見るべき実績のない安倍首相は、このままでは在職期間についての政治クイズで思いだされるだけの人物になってしまうので、legacy(レガシー、遺産)作りに懸命になるだろうと指摘していた。

 しかし、同じLでも、安倍政権のliabilities(負債)対策が必要ではないだろうか?

 異次元の金融緩和からの出口はどうするのか? 財政赤字をどうするのか? 社会保障改革も進んだとは言えない。

 農業でも、安倍官邸が流した減反廃止というフェイクニュースは未だに報道され(『もうやめて!「減反廃止」の"誤報"』参照)、また、40年間とか70年間とか、どの総理もやらなかったことをやったのだという、中身のない大風呂敷の演説に惑わされ、農政改革は農協に少しメスが入っただけでほとんど進まなかった。

 戦前桂太郎は、在職期間が長いだけの二流政治家という評価がもっぱらだった。桂内閣を倒した尾崎行雄の演説の方が有名だった。尊敬する政治家として、伊藤、板垣、大隈、原、犬養らの名前は挙がっても、桂を挙げる人はいなかった。  しかし、桂は、負債は残さなかったように思われる。官邸への権限集中による霞が関の閉そく感をどう解消するのか? それができなければ、ビンドマンのような人物が出ることは期待できない。