メディア掲載  外交・安全保障  2019.11.29

日韓の不都合な真実を語れ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年10月31日)に掲載

 本稿執筆中にトランプ米大統領が重大発表を行った。特殊部隊作戦でイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)指導者、アブバクル・バグダディ容疑者が「泣き叫びながら」死亡したそうだが、それがどうしたと筆者は思う。IS指導者の死には象徴的意味しかない。代役はいくらでもいるからだ。それより忠実な同盟者クルド人を見捨てたトランプ政権の即興的外交政策の方がよっぽど悪質だろう。

 前回、「シリアからの米軍撤退は同盟国米国の信頼性を大きく傷付ける重大事だ」と書いたが、早速米国の親友からメールが届いた。「ブラボー」と題されたそのメールには「よくぞ言った!米国の不名誉な決断が生んだ恐怖とその政策的意味につき核心を突いている」とあった。 先日その友人と再び話す機会があった。議論は真剣かつ深淵だった。今回はその一部を書こう。


友人 改めて、あのコラムは良かったぞ。

筆者 他人が言えないことを言うのが僕の仕事だからね。

友人 確かに。しかし、最近日本の友人と話して驚いたことがある。皆日米安保礼賛ばかりで、誰一人クルド人の話をしないのはなぜだろう。

筆者 日本は横須賀、佐世保と嘉手納を提供しているという自信からだろうか。米国は日本なしに中国とは競争できないからね。それにしてもシリア撤兵決断には驚いた。

友人 もう一つ、日本の友人たちと話して驚いたのが、朝鮮半島の現実に対する日本の無関心さだ。あそこでは「不都合な真実」が進行しているのに、誰も議論しない。

筆者 一部識者は声を上げているが。昨年6月の米朝首脳会談は3つの意味で衝撃的だった。第1は、独裁国家の無名の3代目に国際的認知を与えたこと。第2は、北朝鮮の核開発を事実上黙認したこと。最後は、米国に軍事的選択肢がなくなったことだ。

友人 「トランプ、文在寅、金正恩の共通点は何か」というジョークをよく使うが、答えは「3人とも米韓軍事同盟の終焉を望んでいる」だ。笑える話ではない。中国も米韓同盟を終わらせたいが、朝鮮半島の激変も望まない。

筆者 中国は核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射をしない限り、核を持つ北朝鮮を認め、一方米国は大統領選挙中にも北朝鮮と何らかの妥協を行い「歴史的成果」を誇示する。その可能性がないか心配している。

友人 自分も心配だ。

筆者 もう一つ気になるのが韓国情勢。韓国の問題は反日外交だけではない。韓国外交そのものが変化しつつあり、冷戦時の米韓基軸外交から李氏朝鮮時代の伝統的バランス外交に回帰しつつあると思う。朝鮮民族にとって今は、自らの主体性を回復する千載一遇のチャンスなのだろう。

友人 韓国人に話したのか。

筆者 1カ月前に。「意外に分かってるじゃない」という反応だったと記憶する。

友人 日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄の話を覚えているか。あれは日本というより、米国に対するメッセージだ。要するに、文政権は米韓同盟の継続に関心がないということ。これが北東アジアの「新常態」になりつつあるのだが、恐ろしいことではないか。

筆者 最近講演では「1953年体制の終焉」と言っている。朝鮮戦争休戦協定後の安定した時代が終わりつつあるのだが、今の日本の安全保障政策は54年の自衛隊創設、60年の日米安保改定に基づくものだ。日本はこの基本政策をいかに進化させるのか。

友人 またやろう。米国も変わる必要があるのだから。