メディア掲載 グローバルエコノミー 2019.11.28
イギリスのEU離脱期限だった10月31日の少し前に、私は4人の人たちと民放のテレビ討論番組に出演した。議題はブレグジットだった。
保守党のジョンソン首相はEUと合意したばかりの離脱協定案に対する賛成票を固めるために、総選挙を実施する法案を提出していた。
生放送だったが、放送開始直前、それまでジョンソン首相が提案する総選挙の実施に反対していた労働党のコービン党首が賛成に転じるというニュースが流れ、12月12日に総選挙が行われることは確実になった。
このニュースを聞いて、テレビ番組に出演した人の多くがジョンソンの主張が実現するのではないかという予想を持つようになったと思う。
この直前に行われた10月28日の議会投票では、総選挙の実施は否決されていた。ある意味、急転直下の展開となった。
コービンは、賛成を表明した理由を、合意なき離脱の可能性がなくなるまで総選挙に賛成しないというこれまでの主張が、EUが来年1月末まで離脱期限を延期したことでなくなったからだと説明した。つまり、合意なき離脱の可能性がもはや存在しないと判断したと主張したのである。
しかし、総選挙の結果いかんでは、合意なき離脱が逆に高まる可能性が出てきた。
総選挙の実施法案が可決される前後の時期では、保守党の高い支持率を背景として、選挙では保守党が勝利し、ジョンソンの離脱協定案が可決され、来年1月末まで合意あるブレグジットが実現するだろうという予想や期待があったように思われる。テレビ番組では、私以外の人はそのような主張のようだった。
私は、必ずしもそうなるとは限らないという考え方を示した。
ジョンソンの前任者のメイも、ジョンソンと似たようなことを考えて2017年に総選挙を実施した。当時も保守党は労働党に10ポイント以上の支持率の差をつけていた。結果は、保守党は全国的には42%という高い得票率を実現したものの、過半数を失い敗北した。この42%という数字は、最近の各種世論調査で公表されたジョンソンの保守党に対する支持率のうち最高の値に等しい。保守党は、北アイルランドのミニ政党と連立を組むことで、かろうじて過半数を確保することができた。
今回もこのようなことが起きないという保証はない。小選挙区では、最も多い票を獲得した人が当選する。ブレグジットを支持する人が多い選挙区でも、各得票率が、保守党35%、ブレグジット党25%、労働党37%なら、労働党の候補者が勝つ。
しかも、全国的に平均して支持率が高いということは、小選挙区制のもとで勝利する保証にはならない。
日本と違い分断が深まっているアメリカでは、選挙結果は、都市部および郊外は民主党、地方・農村部は共和党というように、はっきり色分けされるようになっている。同じことがイギリスでも起きている。
ブレグジットについては、イングランドやウェールズではロンドンなどの都市部は反対、地方・農村部は賛成が上回り、スコットランドや北アイルランドでは反対が上回っている。トランプが地方・農村部の白人のブルーカラー労働者の支持を得ているように、ジョンソンもこの層にアピールしようとしている。イギリスでも社会の分断が強まっている。
州単位で小選挙区制と似たような制度で行われるアメリカの大統領選挙でも、2016年にトランプは全米的にはクリントンよりも少ない得票(率)だったのに勝利した。
今回のイギリスの総選挙でも、地方・農村部では保守党が優位だろうが、ブレグジット反対の人たちが多いそれ以外の地域で保守党が勝てるかどうかわからない。全国での平均的な政党支持率はあてにならない。
また、2016年の国民投票ではEU離脱派が52対48というわずか4%の差で勝利しただけであり、その後の世論調査では、残留を支持する人の割合が上回っていた。ブレグジットを巡っては、国論は真っ二つに割れている。
しかも、議会解散後、新しい展開がある。
ブレグジットに反対の勢力については、離脱反対の自由民主党、緑の党、ウェールズ党の三党が選挙協力して、候補者を一本化すると表明した。彼らは残留連合(Remain alliance)と称している。
今年5月に行われたイングランドと北アイルランドの地方議員選挙では、保守党が1334議席も失う一方、自由民主党は703議席、緑の党は194議席も増加させて躍進した。しかも、自由民主党は、支持率自体は労働党には及ばないものの、最近になって支持率を伸ばしている。
労働党は、EUとより結びつきの強い離脱協定案を結びなおしたうえで、再度これも含めて国民投票を実施するという提案をしている。離脱、残留という最終目標は違うが、自由民主党、緑の党は、国民投票の実施という点で、労働党と協調・協力することは可能である。
残留支持の人達が多いスコットランドでは、イギリスからの独立を目指すスコットランド国民党の勢いが増している。スタージョン党首は、どの政党も単独過半数を確保できなかった場合、スコットランド独立を巡る住民投票の再実施を条件として、労働党と協力することを示唆している。
同じく残留派が多い北アイルランドでは、ジョンソンの離脱協定案が北アイルランドとイギリス本土の間に国境を引くに等しいものであることに対し、イギリス本土との連携を重視するプロテスタント系住民の中にも反発がある。
10月末の時点とイギリス国内の空気が変化していることがわかるだろう。
そもそもEUとの協定案を議会に承認させるだけなら、総選挙をする必要は必ずしもなかった。閣僚の中にも、ジョンソンの協定案の大枠については議会で多数の賛成が得られたし、EUが離脱期限を延期したため、協定案の国内実施法案についても今の議会で十分審議する時間はあるとして、総選挙に反対する意見があった。
ジョンソンがそれを押し切ったのは、多数の議席を確保して政権を長期化しようとする野心からだった。当時から、これは大きなギャンブル(a huge gamble)だと言われた。必ずしも、選挙のプロたちは、ジョンソンの勝利を確信していたわけではなかった。
では、いったいブレグジットはどうなるのだろうか?
私が参加したテレビ番組では、かなりの人がジョンソンの協定案が総選挙の結果実現する可能性が高いという意見だったと思われる。特に、イギリスに在住している日本の大手商社の人は、接触したロンドンの専門家20人すべて合意なき離脱の可能性はなくなったという見方をしていると語っていた。
実際に目の前にある光景からすれば、そのような見方になるのも当然だろう。
司会者からブレグジット実現の可能性を聞かれて、私は95%だが、ジョンソンの協定案での離脱は6~7割、それ以外に合意なき離脱(ブレグジット)の可能性もあると答えた。ブレグジットが実現しない可能性を5%としたのは、来年1月末までの離脱期限延長では国民投票を実施して残留する時間はないだろうと考えたからである。
ここにきて、私は、ジョンソンの協定案実現の可能性が低下し、合意なき離脱や残留の可能性が再び高まっているように思っている。
保守党が単独で過半数をとれば、ジョンソンの協定案は実現するだろう。
しかし、そうでない場合は、どうなるか?
労働党が過半数を獲得できない場合でも、スコットランド国民党、自由民主党、緑の党などと連合を組むことで連立内閣を実現できれば、国民投票が実施される。残留の可能性が高まると判断すれば、EUは離脱期限の再延長に応じるだろう。
問題は、以上の二つが実現しない場合である。つまり、どの政党も政党連合も過半数を獲得できない、解散前の議会の状態に戻る場合である。
今回ジョンソンは奇手を使って総選挙を実施したが、イギリス議会選挙法の原則によると議員の議席は5年間である。つまり、5年間は、何も決められない議会が続くことになる。仮に国民投票が実施されて、残留という結果が出たとしても、それを議会は決定できない。メイ内閣から続く"宙ぶらりん議会"(hung Parliament)の延長である。
これまで、私は、ブレグジットについて最終的な決定権を持つ主役はイギリスではなくEUだと述べてきた。EUは5年後の総選挙まで再度離脱期限を延長してくれるのだろうか?
もちろん、そんなことはしない。EUはイギリス政治のグダグダにこれ以上付き合えない。来年1月末までが本当の離脱期限となる。そうなるとイギリスに合意なき離脱しか選択肢は残らない。