メディア掲載  外交・安全保障  2019.11.20

韓国に「法の支配」ないのか

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年11月8日)に掲載

 この原稿はワシントン発帰国便で書いている。最近米国内政の動きが気になるせいか、これが過去6カ月で3度目の訪米となる。今回改めて悟ったことは、ワシントンが米国を動かしているのではなく、大都市の外にある「本当のアメリカ」がこの町を変えつつあるということだ。ショックではあったが、決して驚きではない。もともと米国とはそういう国なのだから。

 ショックだが、驚かない例は他にもある。ピッツバーグのシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)では11人の信者が殺害された。最近欧米では反ユダヤ主義が拡大しており、こうした事件が起こるのも時間の問題だったからだ。

 ショックといえば、メルケル独首相の引退声明もそうだ。最近彼女率いる連立与党の退潮が著しい。早晩こうなることはある程度予想できたから、意外に驚かなかった。そうした中、筆者がショックではあるが、驚かなかった最も重大な事件が徴用工をめぐる韓国最高裁判所の驚くべき判決である。

 産経新聞の読者であれば、この判決がいかに常識外れか既にご承知だろうが、重要なので改めて基本から論じる。現在の日韓関係は昭和40(1965)年の日韓基本条約と関連協定の上に成り立っている。日韓請求権協定は、両締約国及(およ)びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題は「完全かつ最終的に解決」されており、「いかなる主張」もできないと定めている。これが日韓両国で批准され発効し、国際約束となった。以上が全てである。

 筆者の見立ては次の通りだ。

 日韓両国は40年の国際約束に拘束される。これが否定されるなら、そもそも2国間関係は成り立たない。そのことは歴代韓国行政府も認めてきているが、今もその立場に変更はないと信じたい。

 韓国最高裁の判断は、(1)日本の裁判所の判決に効力はなく(2)原告に損害賠償請求権を認め(3)時効成立も認めないというものだ。その理由として多数意見は、「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は、請求権協定の適用対象に含まれないとする。それでは従来の合意は無効なのか。法律家の判断とは到底思えない。少数反対意見があったことは救いだが、韓国に「法の支配」は存在しないのだろうか。

 45年、日本の最高裁は「裁判の公正性を疑われかねないので、政治的色彩を帯びた団体に裁判官は加盟すべきではない」との談話を発表した。いわゆる「青法協」問題だ。これにより日本では「司法の政治化」を防ぐことができたが、果たして韓国の司法はどうなのだろうか。

 韓国はともかく、一部欧米の報道でも「日本も歩み寄るべきだ」とする論調があるが、これは問題の本質を見失った議論だ。平成7年以降、日本の首相は謝罪を繰り返してきたが、韓国がそれを「受け入れた」ことはない。

 いわゆる慰安婦問題でも27年末に「最終的かつ不可逆的」解決で合意したが、韓国は3年後にこれを見直している。その上、今回は昭和40年の合意までひっくり返す。どこまでゴールポストを動かすつもりなのか。これが日本の一般庶民の素朴な疑問だろう。

 問題は韓国行政府だ。司法判断を尊重するのは良いが、それで韓国の国際的信用が失墜するなら自殺行為だろう。国際場裏で韓国国民のメンツを潰すのが本意ではないが、法の支配で成り立つ国際社会で韓国の言動がいかに奇怪なものかを、韓国市民に自覚してもらうことも今後必要となるかもしれない。