メディア掲載  財政・社会保障制度  2019.10.11

泡のごとく膨れるMMTへの淡い期待

中央公論 2019年10月号(2019年9月10日)に掲載

 いよいよ消費税の10%への増税が迫るが、それとともに日本の政界ではMMT(現代貨幣理論)の流行が広まっている。MMTとは、政府の借金を無限に増やし続けても国民生活にも財政にもなんら悪影響はない、という説である。アメリカの経済学者による異端的な学説で、昨年、アメリカの民主党左派の政治家が積極財政の提案をする際にMMTを根拠としたため、にわかに注目を集めた。

 アメリカでは、この夏までに話題性は薄れたようだが、日本では消費税増税に反対する政治家を中心に、いまだ根強いファンがいる。先日も、「自民党内でMMT支持の議論が広がっていて困る」と苦い顔をする大臣経験者とお会いした。

 もしMMTが正しければ、政府債務が増え続けてもなにも問題はない、ということになり、消費税を増税する必要もないことになってしまう。筆者はこのような議論には反対である。その理由として三つの論点を挙げたい。第一に、今の日本で積極財政(財政支出の拡大や減税)をする必要がないことである。MMTは、政府の債務は増えても問題ないので、積極財政政策が必要なら迷わず行うべき、という議論である。ではいつ積極財政が必要かというと、それは失業率が高い不況期(すなわち不完全雇用の時期)である。今の日本は、失業率は歴史的な低水準になっており、ほぼ完全雇用状態にある。つまり日本経済は、積極財政政策が必要な状態ではない。むしろ、財政政策をこれ以上やっても景気の改善は目見込めない。経済成長率を高めるためには、規制改革などで、生産性を向上させることである。だがそれはMMTのような財政金融の議論とは無関係な話だ。

 第二に、MMTの出口論があまりに安直だということである。MMTは、インフレにならない限り、政府がいくら借金を増やしても問題ないという。インフレになったら、金利を上げたり増税したりして、インフレを止めればいい、というのがMMTの出口論だ。しかし、政府債務が大量に累積している状況でインフレになり、金利を上げたならば、政府の利子負担が激増して財政は信認を失うだろう。そうなれば金利暴騰のスパイラルが起きる。そしてそれを避けるためには、インフレ下でも日本銀行が国債を無制限に買い入れるほかなくなり、今度はインフレがコントロール不能となる。金利か物価か、どちらかが制御不能の経済混乱に陥るのであり、両方とも止めるには、極端な緊縮財政(大増税か歳出削減)を行うしかない。それは国民生活に耐えがたい痛みをもたらす。MMT論者は、インフレはすぐ止められる、と言うが、それは根拠のない、非現実的な楽観論だ。

 第三は、債務膨張は永続できるか、という問題である。20年以上も前から、このままでは政府債務は持続不可能と言われてきたが、金利もインフレ率も低い状態が続いている。これは、税収よりも国債の価値がマーケットで過大に評価されていることを示している。つまり国債価格にバブルが発生しているのである。国債バブルが永遠に続けば問題ないが、バブルが崩壊すれば、金利または物価の高騰という経済混乱に陥る。では、バブルはいつまで続くのか。永久に続く可能性は、ゼロではないかもしれない(主流派の経済学は、バブル膨張が永続する確率はゼロだと見ているが)。しかしバブルはバブルであり、破裂しない前提で議論するのは危険すぎる。バブル永続を頼みとするのは、神風に頼るのと同じだ。政策を考える者は、神風が吹かなくても大丈夫なプランを用意すべきだろう。