メディア掲載  外交・安全保障  2019.10.10

「司法」揺るがす韓国法相問題

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年10月3日)に掲載

 先週米国より帰国したらテレビ局から日韓関係で生出演の依頼があった。「まだ韓国なんですか」と聞けば、「視聴率が上がるのよ」とのこと。韓国の新法相・チョ・グク氏の人となりから家族まで、これほど詳しく知っているのは韓国人を除けば、日本人ぐらいだろう。多くの日本人は、この問題が「文在寅(ムン・ジェイン)政権自体を揺るがす」と見るが、チョ氏の問題は単なる韓国内のスキャンダルではなく、同国司法の独立と民主主義の将来に関わる大問題である。筆者の見立てはこうだ。

 司法権の独立は人々の自由と権利を守る最後の砦(とりで)。検察を含む広義の司法権が他の国権や政治的圧力に屈しないことは民主主義の基盤である。その好例が米国で起きた。米国の現職大統領が、こともあろうに、最大の政敵バイデン氏親子の汚職を捜査するよう、ウクライナ大統領に電話で要請したのだ。

 このニュースで国連総会での日米、米韓首脳会談はかすんでしまった。事件の発端は内部告発、電話会談の内容を知った告発者が現職大統領の「権限乱用」を申し立てた。容疑が固まれば米国の司法は独自に動く。民主党が多数を占める米下院でも「大統領弾劾のための調査」が正式に始まった。これが米国式民主主義の神髄である。

 米国では何人も法の上にはない。現職大統領でさえ例外ではない。残念ながらビジネス出身で統治に関心の薄いトランプ氏は司法権の独立などに関心がない。そもそも関心があればウクライナ大統領にあんな電話はしないだろう。

 これに比べれば、韓国の文大統領の責任ははるかに重い。文氏は法律家、弁護士で独立司法の重要性は知っている。文氏は韓国検察の腐敗を批判するが、司法権の独立侵害は正当化できないはずだ。

 ここでもうひとつ、米国の例を挙げよう。2017年、「ロシアゲート」疑惑が持ち上がった際、当時のセッションズ司法長官は同事件の特別検察官の捜査に対する指揮権を自ら返上した。理由は同事件の利害関係者であったからだ。当然トランプ氏は激怒。だが司法長官は法律家として当然の行動をとっただけだ。

 翻って、韓国の場合はどうか。チョ相も法律家であり、名門ソウル大学の法学部教授だった。されば筆者と同様、司法権の独立の重要性は大学入学当初からしっかり学んだに違いない。もし筆者がチョ氏の立場にあれば、大臣就任直後に、チョ氏一族に対する一連の捜査の指揮権を直ちに返上しただろう。それが心ある法律家としての矜持(きょうじ)だと思うからだ。

 先週ソウルで話を聞いた韓国の友人の意見は割れた。ある学者は「軍事政権の時代から韓国の検察は保守べったりで腐敗している」と主張するが、「いやいや、韓国の検察は機会主義者で、政権末期の大統領を訴追し新政権の歓心を買おうとする傾向がある」と切り捨てる。

 韓国国内政治の問題だから、どちらが正しいか筆者にはよく分からない。唯一言えることは、冷戦時代の軍事独裁下で検察がいかに腐敗しようとも、民主主義の下で育った新世代の検察官たちは独立した司法がいかに重要かをしっかり理解しているのではという希望的観測だ。

 文政権がいかに「検察制度の改革」を唱えようと、実際に行われているのは司法の独立に対する挑戦としか筆者には見えない。文大統領、もうこれ以上司法を政治化するのはやめませんか。政治化した司法は必ずやいつか民主主義を害しますぞ。法律家である貴大統領ならその恐ろしさを十分ご存じだと思うのだが...。