メディア掲載 財政・社会保障制度 2019.10.07
我が国の公的年金制度の最大の問題は、老後の防貧機能を堅持しながら、年金財政の持続可能性をいかに高めていくかにあるが、先般(2019年8月下旬)、厚生労働省は2019年・財政検証の結果を公表した。次回の財政検証は2024年であるが、2019年の財政検証では、名目運用利回りや実質賃金の伸び等の異なる条件で6ケース(ケースⅠ~ケースⅥ)を検証している。
新聞やテレビ等の報道では、金融庁の報告書「老後2000万円問題」の影響もあるため、将来の年金額が減るのか増えるのか、年金財政は本当に破綻しないのか、といった内容が中心となった。このような報道では、モデル世帯の「所得代替率」に注目するものが多かった。
所得代替率とは「現役男性の平均的な手取り収入に対するモデル世帯での年金の給付水準の割合」を示す。2029年度以降の実質GDP成長率が0.4%となる「ケースⅢ」では、2019年度の所得代替率61.7%が2047年度以降で50.8%になるという推計結果となっている。この推計結果は、2019年度の年金額と比較して、モデル世帯の年金額は実質的に約2割カット(=1-50.8÷61.7)となることを意味する。
しかし、モデル世帯の年金額は「現実の年金分布」とは相当かけ離れている。まず、2019年度におけるモデル世帯の年金額は、夫の年金額が年間約186万円(=月額15.5万円)、妻の年金額が年間約78万円(=月額6.5万円)で、合計約264万円(=月額22万円)で、一人当たりの平均は年間約130万円である。他方、厚労省「年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)平成29年」によると、現在でも、年間120万円未満の年金しか受け取れない高齢者は46.3%、年間84万円未満の年金しか受け取れない高齢者は27.8%もいる。
年間84万円未満のケースの多くは、基礎年金しか受け取らない高齢者も多いはずであるが、この関係で重要なのは、所得代替率のカットの中身である。
モデル世帯では、1階の基礎年金部分と2階の報酬比例部分の2つを受け取る高齢者を想定しているが、2019年度の所得代替率61.7%の内訳は、基礎年金部分が36.4%、報酬比例部分が25.3%で、それらの合計が61.7%になっている。
それがケースⅢでは、2047年度以降で所得代替率が50.8%になるが、その内訳は、基礎年金部分が26.2%、報酬比例部分が24.6%となっている。これは、1階部分(基礎年金部分)の給付が約28%カット(=1-26.2÷36.4)される一方、2階部分(報酬比例部分)の給付が約3%カット(1-24.6÷25.3)されることを意味する。基礎年金部分を28%もカットすると、低年金の問題を一層深刻化させる。
このような問題が発生する理由は何か。あまり知られていないが、国民年金と厚生年金の財政運営は基本的に分離されており、年金の給付調整(厳密には「マクロ経済スライド」による実質的な給付)は2段階で行われる。
具体的には、まず、国民年金の財政均衡から基礎年金の調整が行われ、それを前提に、厚生年金の財政均衡から報酬比例の調整が行われる。国民年金は、厚生年金と異なって財政基盤が脆弱であり、マクロ経済スライドは1階部分(基礎)にもかかるためである。
この問題を改善する一つの方法としては、国民年金と厚生年金を財政的に統合する方法があり、その効果は概ね次のとおりとなる。
まず、厚労省「2019(令和元)年財政検証関連資料」のケースⅢのバランスシートから、国民年金の財源(100年間)は130兆円、厚生年金の財源(100年間)は2270兆円 (1階部分=880兆円、2階部分=1390兆円)である。
他方でケースⅢでは、1階部分(基礎)の給付が約28%カット、2階部分(比例)の給付が約3%カットされることをすでに説明したが、1階部分が28%カット、2階部分が3%カットということは、(カット前の)基礎部分の給付は1403兆円(=<640兆円+370兆円>÷0.72)、(カット前の)2階部分の給付は約1433兆円(=<680兆円+710兆円>÷0.97)である。
国民年金と厚生年金を統合した場合、(カット前の)給付総額は2836兆円(=1403兆円+1433兆円)であり、それが財源総額2400兆円(=130兆円+2270兆円)に一致する必要があるが、財源は2400兆円ではなく、財源総額は2602兆円になる。これは、基礎年金給付が増加すると国庫負担が自動的に増加するからである。厚生年金と国民年金の財源のうち国庫負担は合計520兆円(=440兆円+80兆円)であり、増税が必要になるが、カットしない場合に増加する国庫負担は202兆円(=520÷0.72-520=202)となる。したがって、給付総額(2836兆円)と財源総額(2602兆円)が一致するためには、2602÷2836=0.917で、給付カットは約8.3%になる。
2015年10月1日の「被用者年金一元化法」の施行に伴い、これまで厚生年金と共済年金に分かれていた被用者の年金制度が厚生年金に統一されたが、それと同様、国民年金と厚生年金を一元化(財政統合)することができれば、基礎年金部分の給付カット率は約28%から約8.3%に改善することがわかる。
もっとも、国民年金と厚生年金の財政統合は容易ではなく、統合の前提として、マイナンバーで所得や資産を把握し、公平な保険料負担を課す必要などがあることは明らかだが、デジタル政府戦略でマイナンバー制度も徐々に稼働しつつある今、その可能性についても検討する時期にきているのではないか。