メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.09.26

ジョンソンもマクロンも望むブレグジットの結末~英国は脇役。EUから見なければブレグジットの行方は見通せない~

論座 に掲載(2019年9月12日付)
英国は脇役、主役はEU

 9月11日に主要紙が一斉にブレグジットについての分析・解説記事を掲載した。

 EUと離脱条件で合意できない場合、10月末の離脱期限を来年1月まで3か月延長するようEUに要請することをボリス・ジョンソン首相に義務付ける離脱延期法が成立。さらにジョンソン首相が新しい議会でこれを否決するために提出した解散・総選挙を求める動議も2度にわたり否決されたからである。

 このため、10月末のブレグジットを譲らないジョンソン首相は、残された手だてがなくなり、窮地に陥っているという見方が大勢を占めているようである。

 英メディアでは、ジョンソン首相が離脱延期法を無視する、離脱延期の要請はするが自分は離脱を望まないという書簡を添付して離脱延期を無効にする、などのシナリオが語られているという。

 ただし、これらはいずれも奇策であって、実際にジョンソン首相が採用するかは疑わしい。仮に採用すれば、政権の正統性も疑われる事態となり、次の選挙に大きなマイナスとなる。

 しかも、これらの報道は、主としてイギリスからの見方である。一方の当事者であるEUについては、再延期を認めることは困難だとしながら、EUとしても合意なき離脱は避けたいという観点から、総選挙や国民投票などの条件付きで延期を認めるのではないかという見方を示している記事がほとんどである。

 つまり、EUは脇役であるかのような記事を書いているのである。あくまでイギリスが主役だという扱いである。

 その中で、朝日新聞だけがイギリスではなくEUを中心に置く出色の記事を書いている。しかも、EUの見方も「合意なき離脱

 漂う容認論」として他紙とは全く逆の見方をしている。

 これは、私がたびたび『論座』で主張してきたことである。ようやく日本の主要紙のなかで論理的にブレグジットを分析・解説できる記事に出会うことができたようである。

 確かに、イギリスの政府や議会の混乱・迷走ぶりは、見ている観客としては面白い限りで、記事になりやすい。ボリス・ジョンソンというユニークなキャラクターも登場した。

 しかし、メイ元首相との協定案作りで主導権を握り続けたのはEUである。

 イギリス議会がメイ元首相とEUが合意した協定案を3度にわたって否決したのは、バックストップ(アイルランドとの厳重な国境管理を避ける方策が見つからない限り、イギリス全土をEUの関税同盟などの下に置くというアイルランド紛争回避の安全策)についてEUが譲らなかったからである。客観的に見ると、主役はEUである。イギリスはせいぜい準主役あるいは脇役という位置づけなのである。

 『合意なきブレグジットは怖いのか』で述べたように、「論理的にも、"合意なき離脱"しか選択肢は残っていない。(中略)EUは、イギリスの離脱強硬派が要求するバックストップの修正や撤回など重要な要素について譲るつもりは全くない。つまりイギリスとEUがともに納得する協定案はありえない。逆に言うと、"合意ある離脱"がない以上、"合意なき離脱"しかない」のである。


ジョンソン英首相はEUと交渉しているポーズだけ

 9月7日に労働・年金大臣を辞任したラッド下院議員が暴露したように、ジョンソン首相はEUと正式な交渉は一切していない。

 アイルランドのバラッカー首相は9日、ジョンソン首相がバックストップの修正を求めているにもかかわらず、ジョンソン首相から国境管理をしなくても済む現実的な代替案の提案は行われていないことを明らかにした(以上11日付け朝日新聞)。

 EUの首都ブリュッセル駐在のブルームバーグ紙の記者によると、イギリスの代表はブリュッセルに来て週二回ほどEUの担当者と会っているが、EUの担当者たちは、「茶番だ」「役に立たない」「単にいるだけ」というコメントしているという(10日付けJapan Times)。

 つまり、ジョンソン首相は、メイ元首相とEUが合意した協定案の修正など不可能だということは百も承知で、EUと交渉をしているというポーズをとっているのである。

 では、離脱延期法が成立したという状況のなかで、ジョンソン首相は何を狙っているのだろうか?

 『合意なきブレグジットは怖いのか』で、「バックストップなしの合意なき離脱によって紛争が起きるとしても、それは北アイルランドを含むイギリス領土内であって、EU域内ではない。(1年程度の延期を主張した)EU大統領のトゥスクを押し切って、(その半分の)10月31日までという短い期限を設定したのはマクロン(フランス大統領)であり、彼は合意なき離脱でも構わない」と述べた。

 EUがイギリスの離脱延期要請について唯一受け入れられる条件は、メイ元首相とEUが合意した協定案のイギリス議会承認の確約である。しかし、保守党も労働党もそんな約束はできないし、議会は過去3度も否決している。ジョンソン首相が離脱延期法案に賛成した造反者21名を保守党から除名し、さらに離脱者も増えたことから、与党自体下院の過半数を失ってしまっている。国民投票を約束したとしても、また離脱が多数となれば、泥沼が繰り返されるだけである。

 EUとしては、そんなことに付き合うつもりはない。

 EUの意思決定は全加盟国の一致が必要となる。いまやEUのリーダー的な存在となっているマクロンが反対する限り、いくらイギリスが離脱延期をEUに要請したとしても、EUは拒否する。

 メルケル・ドイツ首相もメイ元首相には同情したが、反EUを標榜するジョンソンには助け舟を出さないだろう。また、求心力の低下したメルケルは、もうマクロンを抑えられない。

 これこそジョンソン首相が狙っていることではないのか?

 イギリス議会が議決した法律通り離脱延期をEUに要請する。しかし、EUは認めない。自動的に、10月末にイギリスはEUから離脱する。もちろん、バックストップなしの合意なき離脱である。


ジョンソンもマクロンも望む結末

 マクロンとしても、EU残留派が多いスコットランドがイギリスから独立してEUに加盟すれば、ブレグジットの影響を軽微にできる。同じくEU残留派が多い北アイルランドもイギリスから独立してアイルランド統一が実現できれば、北アイルランドの国境管理問題は消滅する。バックストップもいらない。イギリスとはバックストップなしの自由貿易協定を結べばよい。

 EUから「主権」を回復したと考えるイギリス議会はこの協定に反対しない。金融センターとして君臨してきたロンドンのシティーが地盤沈下して、その機能がパリに移ることになれば、マクロンにとって濡れ手で粟だ。

 ジョンソンは離脱延期をEUに要請するが、マクロン率いるEUは拒否する。これこそジョンソンが考えている奥の手だろう。しかも、論理的で単純明快である。

 この最後のシナリオをはっきりと示唆していたのも、朝日新聞だった。他紙は、合意なき離脱回避への願望が強すぎて、このシンプルなシナリオに気が付かなかったようだ。