メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.09.26

消費税の軽減税率と食料・農業政策のあり方

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!「経済展望」 のコーナー(2019年9月19日放送)

1.来月から、消費税が10%に引き上げられますが、飲食料品についてはこれまで通り8%のままになりました。一般の税率より低いことから、軽減税率と言われています。まずは、飲食料品の軽減税率について簡単におさらいをお願いします。

 所得税は、所得の多い人は多く税負担するという累進課税となっています。

 これに対して、消費税の場合には、所得の低い人の方の負担が高い逆進性という問題があります。 特に、金持ちの人も貧しい人も、必ず飲食料品を購入するので、貧しい人の方が、所得から食料品に支出する割合が多くなります。例えば、年収200万円の人が年間50万円食料品に支出すると、所得の25%を食料品に割いていることになります。これに対して、年収1000万円の人が所得の低い人の支出の倍の100万円を支出したとしても、食料費の負担は所得の10%に過ぎません。消費税によって食料品の価格が上昇すると、所得の低い人の負担がより大きくなります。軽減税率はこの逆進性緩和のために行われるものです。


2.軽減税率については、仕組みの上で問題が指摘されていますね。

 消費者が戸惑うのは、軽減税率の対象となる飲食料品とそうでないものがあるということです。外食は贅沢な行為で必需品ではないという観点から、お酒と同じように、軽減税率の対象とはなりません。しかし、ファーストフード店でテイクアウト、持ち帰りをする場合には、軽減税率の対象となります。

  また、子供のお菓子の場合、価格に占めるおまけの価値が一定以上となる場合には、軽減税率の対象とはなりません。このため、お菓子売り場に、10%と8%の消費税がかかる商品が混在することになります。


3.商品を取り扱う事業者側にも負担が生じるのではないでしょうか?

 消費税を負担するのは消費者ですが、納税するのは事業者です。品目によって違う消費税率があると、税金を徴収する税務署だけでなく、税金を納める事業者にも負担がかかります。

 特に、事業者の帳簿処理が複雑になります。消費税は、それぞれの事業者が付け加えた付加価値に税がかかるという仕組みです。付加価値とは、売り上げから仕入れを引いたものです。売り上げの税額から仕入れにかかる税額を引いたものが、その事業者が納付する税額となります。

 税率が一つなら、仕入れたものの税率がいくつだったかを帳簿に記載する必要はありません。ところが、複数の税率があると、例えば惣菜を作って販売する場合、仕入れについて、米や野菜などの農産物は軽減税率、機械やトレイは一般の税率となります。これを一つずつ税率も含めて帳簿に記載し、領収書を保存しなければなりません。それをしないと仕入れ税額が確定できません。軽減税率があると、事業者の負担が大きくなります。 


3.中小企業の人が不利益を受けるという問題も指摘されています。

 税率が複数になることによる事業者の負担を軽減するために、EUでは、インボイス制度が採用されています。日本でも2023年10月から導入されることになっています。

 インボイスとは伝票のことです。これは仕入れを行う際、前の段階の業者から税額を記載された伝票を受け取り、それを合計した額を仕入れ税額として売り上げにかかる税額から一括して控除すればよいというやり方です。これだといちいち帳簿に仕入れ税額を記載しなくてもよくなります。

 ただし、インボイスを発行できる人は消費税を納税するというプロセスの中にいる人でなければなりません。消費税を納税しない免税業者はこのプロセスの外にいる人なので、インボイスを発行できません。現在、売上高が1000万円以下の事業者のほとんどは消費税の納付の必要がない免税事者になっています。インボイスを発行できない免税業者から購入すれば、仕入れ税額の控除ができなくなり、納税する消費税が多くなるので、免税業者は取引から排除されてしまうおそれがあります。これも軽減税率の問題点です。


4.山下さんは、それ以外に食料・農業政策との関連についても長年問題提起をされています。

 農業界は、環太平洋経済連携協定、いわゆるTPPに参加して関税がなくなると、日本農業は壊滅すると主張しました。このため、TPPでは、米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外としました。

 しかし、関税で守っているのは、国内の高い農産物、食料品の価格です。国際価格よりも国内の価格を高くする関税は逆進性そのものです。

 もっとも問題なのは、米についての政策です。通常の政策であれば、医療などのように、財政負担をすれば国民は安く財やサービスの提供を受けます。しかし、これは真逆の政策です。毎年農家に4千億円の補助金を払って米の生産を減少させ、米価を高くしています。これで消費者に6千億円の負担を強いています。トータルで国民負担は1兆円、赤ん坊も貧しい人も、国民すべてがそれぞれ毎年1万円の負担をしていることになります。この減反といわれる政策は50年も続けられています。国民は、高価格と税負担という二重の負担をしています。

 消費税については、逆進性が問題にされ軽減税率が導入されようとしています。それなのに、主食と呼ばれ、必需品中の必需品であるはずの米について最も逆進的な政策が半世紀も継続されてきているのです。


5.欧米ではどのような政策がとられていますか?

 欧米では、財政から直接支払いを農家に交付することで、消費者に安い価格で農産物を供給しながら、農家を保護する政策に切り替えています。収入のほとんどがサラリーマン収入で農業所得の比重が低い兼業農家の人には直接支払いをする必要はないので、財政負担は少なくて済みます。

 OECDは国際価格よりも高い価格を払うことによって日本の消費者が負担している額を4兆円と試算しています。これは今回消費税の増税によって国民に負担させようとする額と同じです。消費税を上げても農業政策の逆進性を解消すれば、国民負担は増えません。

 経済学者の多くは軽減税率に反対で、所得の低い人に財政から補てんするというやり方を提案しています。しかし、毎年の所得が低くてもたくさん資産を持っている人たちがいます。本当に、政治家の人たちが貧しい消費者のことを考えるなら、農政のあり方に大胆なメスを入れなければならないと思います。


6.日本はなぜ高い価格で農業を保護しようとしてきたのでしょうか?

 それには深い事情があるので、また改めて説明したいと思います。