メディア掲載  外交・安全保障  2019.09.10

「全共闘」世代に似る香港デモ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年9月5日)に掲載

 この原稿は香港で書いている。幸い空港閉鎖は免れた。先週土曜未明に羽田発、月曜未明に帰国する強行日程を組み、お目当ての民主化要求デモを見てきた。東京では「香港各地で警官隊と衝突し繁華街が催涙ガスに包まれるなど大混乱に陥った」などと報じられたが、現地での実感は違う。百聞は一見にしかず、今回は筆者の見立てを書こう。

 一連の抗議デモの本質は何か? 倉田徹立教大教授は香港が「市民社会は政治を変えようとし、政治は市民社会を統制しようとする」「イデオロギー対立」「一種の冷戦」だと見る。筆者も同意見だ。今回若者と一緒に歩いたら、70年安保闘争を思い出した。当時筆者は高校生、怖いもの見たさに連合赤軍の集会を見物に行ったものだ。誤解を恐れず言えば、今の香港はどこか当時の東京に似ている。

 デモ参加者は「6種類」いると見た。参加者は多様な人々の集合体だ。第1は民主化を支持する老若男女のノンポリ層、恋人とのデートを兼ねる輩(やから)も少なくない。第2はより政治意識の高いリベラルの若者、黒シャツは着るがマスクは白かったり、なかったり。第1と第2は微妙に重なる。第3が黒帽、黒シャツ、黒マスクの穏健自由主義者。「和理非」派とも呼ばれ、和平と理性と非暴力を標榜(ひょうぼう)する。これには体制内民主化を求める既存野党「民主派」の政治家・活動家も含めてよいだろう(第4)。

 第5と第6が「勇武」派と呼ばれる強硬派である。規模は全体でも数百人程度らしい。黒ヘルメット、ゴーグル、防毒マスク、黒の防水服などフル装備のさまざまな武闘派の集合体、特に第6の最強硬派は命を賭(と)して警察隊と衝突する気だ。昔の東京なら、第1がノンポリやじ馬、第2がデモのシンパ、第3が「ベ平連」、第4が既存左翼、第5が全共闘系新左翼で、第6は連合赤軍に近い。しかし、香港は昔の東京よりずっと非暴力的だが...。

 第1~4グループの多くは夕方までに帰宅する。そこからは強硬武闘派の出番、報道された火災や衝突の大半は夕方から深夜に発生する。しかし、騒動の場所は人口約750万人の香港のごく一部、一般市民に直接の影響はない。夜になって筆者のホテルの近くで衝突があり、偶然武闘派の一団に遭遇した筆者は直ちに全速力で逃げた。これも半世紀前の東京と同じである。

 こんな状態だから、デモ隊に単一のリーダーはいない。いればとっくに逮捕されるだろう。いないからこそ、運動は長続きするのだが、一般市民の支持も大きい。多くの庶民は香港の将来を懸念しながらも、過激派の若者を守ろうとしている。庶民が支える限り、騒動は終わらない。

 デモ活動は「水のごとく」神出鬼没だ。今回は参加者の利用するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が何者かのサイバー攻撃でダウンしたが、それでもデモは自然発生的に続いた。

 海外旅行中は何が起きるか分からない。今回は外務省の「たびレジ」情報サービスが結構役に立った。警察のモグラたたき的対応には限界がある。自ら招いた騒動とはいえ香港政府の責任は重いが、活動家たちだって、デモが過激化すれば人心が離れ中国の軍事介入を招くだけだろう。

 政治は簡単には変わらない、半世紀前の東京の教訓はこれだが、香港はその過ちを繰り返せない。過激化し、人心を失い、孤立・自滅した日本の「甘っちょろい」学生運動とは違い、当地の状況は文字通り危機的だからだ。今の香港には民主を守るための英知が求められている。