メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.09.09

米国の余剰トウモロコシを買う日本の朝貢外交~日米FTA合意 すべてはトランプ再選のため~

論座 に掲載(2019年8月26日付)
すべてはトランプ再選のため

 日米貿易交渉が大枠合意された。来月にも安倍首相が訪米し、協定に署名する予定だという。

 結論から言うと、すべて来年の大統領選挙でトランプが再選できるようにするための合意である。

 これまで、主として日本の側から交渉を分析・評価してきた。今回は角度を変えて、アメリカのトランプ政権からこの合意を見てみよう。

 トランプの最大の関心は、大統領選挙での再選である。そのために欠かせないのが、中西部での農業票である。

 アメリカの大統領選挙は、選挙する前から、どちらの党の候補者がどの州で勝利するかはあらかじめわかっている。カリフォルニアは民主党、テキサスは共和党という具合である。

 このなかで10くらいのスイングステイトと呼ばれる州については帰趨が分からず、ここで勝つかどうかが大統領選挙全体の勝利を決定する。スイングステイトとしてフロリダが有名だが、ペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、アイオワなどスイングステイトの多くが中西部と言われる地域に集まっている。

 前回の大統領選挙で、トランプは貿易によって雇用が奪われていると主張して、中西部の鉄鋼、自動車業界の労働者の票を集めて、中西部で勝利した。ペンシルベニア、オハイオは鉄鋼業で、ミシガンは自動車産業で栄えた地域である。

 これらの重厚長大産業は日本などの企業に押され、今では錆びた地域(ラストベルト)と呼ばれている。従来中西部は労働組合の支持を受ける民主党の金城湯池だったが、労働者がトランプ支持に転向した。これが、トランプが大統領選挙で勝利した大きな要因となった。

 来年の選挙でも、再選するためには中西部での勝利が不可欠である。


中西部は「コーンベルト」

 中西部はラストベルトであると同時に、コーンベルトと呼ばれる農業地域でもある。保守的な農家は伝統的に共和党を支持してきた。農家票が民主党に行くとトランプは苦戦する。

 コーンベルトは大豆とトウモロコシの輪作地帯である。どちらも主な用途は家畜のエサである。

 ところが、トランプが始めた米中貿易戦争で、世界最大の大豆輸出先である中国がアメリカ産大豆の関税を引き上げたことから、アメリカ産大豆は行き場を失い、大豆は農場に野積みされ、大豆価格は暴落した。

 さらに、TPP11や日EU自由貿易協定によって、オーストラリア、カナダ、デンマーク、スペインなどの国が日本に輸出する際の関税が、アメリカ産の牛肉や豚肉よりも低くなるので、これらの産品の日本への輸出は減少する。これらの産業が打撃を受ければ、これらにエサとして大豆、トウモロコシを供給する中西部の農家はさらに打撃を受ける。


圧倒的に有利なはずの交渉で大幅譲歩

 日本市場でアメリカ産農産物が不利になったのは、トランプがTPPから離脱したためである。アメリカ政府としてはトランプの意向でTPPに復帰できない以上、日米FTA交渉をするしかなかった。

 ところが、日本は日米FTAがなくても今まで通りアメリカに自動車を輸出できる。日本にとって日米FTAは必要ない。日米FTA交渉をお願いするのはアメリカだった。日本が筋を通してアメリカにTPP復帰を要求すれば、アメリカとしてはどうしようもなかった。

 それなのに、日本はアメリカ通商拡大法232条を利用して安全保障の観点から自動車への追加関税を行うということに過敏に反応してくれた。しかも、日米FTA交渉に応じてくれたばかりか、農業についての譲歩上限はTPPだとして、交渉の入り口からTPP並みの譲歩を認めてくれた。

 本来日本が圧倒的に有利な交渉のはずなのに、交渉ではアメリカの主張を日本側が聞くという1980年代の日米交渉のようなものとなった。農産物については、アメリカはTPP並みの合意を勝ち取ったのに、自動車の関税は日本にTPP並みの譲歩もしなくて済んだ。

 そればかりか、農産物についてのTPP11での輸入割当枠やセイフガード発動水準はアメリカの輸出実績を加えたままの水準になっているため、アメリカがTPP11に戻ってこないことがはっきりすれば、これからアメリカの輸出分は差し引かなければならず、日本はそのための交渉をオーストラリア等と行わなければならなくなる。

 人の好い日本は、しなくてもよい余計な交渉まで背負い込んでくれた。しかも、オーストラリア等との交渉が決裂して困るのは日本で、アメリカではない。


不平等を受け入れた日本

 自動車への追加関税という脅しは日本には有効だった。

 実際には、自動車の追加関税ができるとは思わない。同じく安全保障上の理由から鉄鋼については関税を引き上げたが、原料として使われるだけの鉄と最終消費財として多くのアメリカ国民に購入される自動車とは全く異なる。自動車業界自体が追加関税には反対している。

 鉄鋼については大統領就任後すぐに関税を上げた。しかし、自動車については就任後2年以上を経過した今年の5月に決定の時期を迎えたが、それをさらに180日先送りしている。

 同じく自動車への追加関税の影響を受けるEUはこの事情を冷静に把握している。当初は、これを問題視して、アメリカと通商交渉を行うことに合意したEUだったが、フランスなどが通商交渉に農産物を含めることに反対して、未だに交渉自体始まっていない。

 タイミングとしても最高だった。サービス、投資、知的財産権などを含む包括的な自由貿易協定でないと承認しないと連邦議会が主張している以上、連邦議会の承認を必要としない限定された自由貿易協定が必要だった。

 また、仮に包括的な自由貿易協定を日本と合意したとしても、連邦議会の承認に時間がとられ、とても大統領選挙まで発効できるとは思えない。

 この点では、むしろ日本の方から、包括的な自由貿易協定に反対する国内の野党の主張をかわすため、物品の自由貿易協定に限りたいという主張を行ってきた。これは、アメリカにとって渡りに船だった。トラックの25%の関税を撤廃しようとすると連邦議会の承認が必要となる協定になるが、日本はTPP並みの譲歩でなくてもよいと、これについてあきらめてくれた。

 アメリカ連邦議会の承認は要らなくても、日本は農産物の関税を下げるので、国会の承認が必要となる。この点も日本は受け入れてくれた。


トランプの独白

 同盟国と言っても、ドイツやフランスなどは私の言うことを聞こうとしない。それなのに、シンゾウは何でも聞いてくれる。

 余剰トウモロコシまで買ってくれる約束をしてくれるなんで最高だ。日本のトウモロコシの関税はゼロだし、民間貿易で行われているので、どうやって買い付けを増やすかどうかわからないが、国有企業が輸入する中国でもできないような約束をしてくれた。

 今回の合意で牛肉や豚肉の関税が下がり、アメリカからの輸出が増えるとすれば、日本の牛肉や豚肉の生産は減少し、エサとして使われるトウモロコシの需要は減少するはずなのに、輸入を増やしてくれる。日本は金利倉敷料を負担しながらアメリカの過剰在庫を、肩代わりしてくれるという訳だ。

 シンゾウはとんでもなく良い奴だ。相撲見物のお返しに、シンゾウをスーパーボールに招待してやろう。