メディア掲載  外交・安全保障  2019.07.26

近未来の韓国・台湾と日本

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年7月25日)に掲載

 先週末、キヤノングローバル戦略研究所が近未来の東アジアを想定した演習を主催した。年に3回実施する政策シミュレーションは通算31回目。今回も約50人の現役公務員・自衛官、専門家、政治学者、ビジネス・ジャーナリズムの精鋭が集い、日米中韓朝台各政府・報道関係者を一昼夜リアルに演じた。彼らの知的貢献に謝意を表したい。

 今次演習では202X年に2つの大事件が同時に起きると想定した。第1は米大統領が、北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)破棄と引き換えに金融制裁解除と4年以内の在韓米軍段階的撤退に同意したこと。第2は、台湾が外交関係を持つ国を全て失う一方、台湾の金門島で行われた住民投票で中国への帰属が多数を占めたことだ。当然議論は白熱化した。

 以下は筆者個人が見た演習の結末だ。あくまで仮想空間の話で将来予測ではない。以上を前提に読んでほしい。


〔1〕北朝鮮チーム

 北朝鮮の戦略は、米国と非核化で合意し自国の安全を確保する一方、実際には非核化しないというもの。米国が嫌うICBMは破棄するが、中距離以下のミサイルは温存する。査察は受け入れるが、都合の悪いものは隠せばよい。一方、北朝鮮は在韓米軍の撤収を必ずしも歓迎しない。完全撤収すれば米軍のミサイル防衛システムもなくなり、結果的に中国が北朝鮮に対する影響力を強めるからだ。


〔2〕韓国チーム

 民主主義、独立、韓米同盟の維持と南北の緊張緩和を同時に追求する韓国は米軍撤退を可能な限り先送りさせる一方、日本との経済関係改善にも努めた。だが、日本の対韓不信は予想以上に厳しく、対日関係改善は進まなかった。


〔3〕台湾チーム

 台湾は米中バランス維持派と親米派で大きく割れた。前者は対中関係の安定を重視するが、後者は対米協調を最優先した。そのためか、対応が遅れ、結果的に中国の金門島への武力介入を許してしまう。


〔4〕中国チーム

 米国が在韓米軍撤退を一方的に決めたため、北朝鮮問題で中国は事実上の不戦勝。これに対し、台湾金門島問題では核心的利益を守るため武力行使も辞さない強硬姿勢を変えず、中国は孤立を深めた。


〔5〕米国チーム

 トランプ大統領の最大関心事が再選であるのに対し、閣僚レベルの関心は米中覇権争いに朝鮮半島と台湾問題をいかに利用するかだった。前者については、北朝鮮のICBM破棄が実現するなら在韓米軍の有事再駐留で妥協することもいとわなかったのに対し、後者では日韓とともに対台湾安保協力の強化を推進していった。


〔6〕日本チーム

 日本は拉致問題で北朝鮮と協議を続けたが、北は経済支援を優先し、話は進まない。米国の突然の在韓米軍撤退決定に衝撃を受けた日本は、米国の核の傘による対北朝鮮抑止強化に注力した。台湾問題では米国、韓国、台湾とともに東シナ海、南シナ海での安保協力を模索した。

 以上はあくまで仮想空間での結果だが、その含意は決して絵空事ではない。近年世界は「勢いと偶然と判断ミス」が支配する不確実性の高い時代に回帰しつつある。常々筆者はこう述べてきた。そんな時代が欧州、中東だけではなく、ついに東アジアでも現実になりつつあるのか。今次演習でも在韓米軍撤退や中国の金門島介入などを受け、関係各国は「勢いと偶然と判断ミス」に基づく行動を繰り返したように思える。やはり、国際情勢は勢いでなく、冷静かつ論理的に分析すべきである。