メディア掲載  財政・社会保障制度  2019.07.10

金利が成長率よりも低い「ニューノーマル」の不思議

中央公論 2019年7月号(2019年6月10日)に掲載

 近年、日米欧の先進国全体で、低金利が定着している。日本は、1990年代後半から20年以上にわたってほぼゼロ金利だが、米欧は2008年の世界的金融危機後に低金利が定着した。

 金利に関連して重要なのは政府債務の問題である。リーマンショック後、各国は政府債務を積み上げ、債務の持続可能性が世界的に深刻な問題となっている。政府債務が持続可能かどうかについては、名目金利と名目経済成長率(すなわち名目GDPの成長率)の大小関係が密接に関係する。もし名目金利が名目経済成長率よりも小さければ、債務は金利の率で増え、GDPも成長率で増えるので、債務の対GDP比率(債務比率)は自然に低下する。つまり金利が成長率よりも低い状態が続けば、政府債務問題は自然に解消するので、増税や歳出カットなどの財政再建をする必要はない。逆に、金利が成長率よりも高いなら、厳しい痛みの伴う財政再建をしないと経済はいずれ大きな困難に陥ることになる。

 この10年間、日米欧で金利が経済成長率よりも低い状態が続いてきた。これを「ニューノーマル」という人もいる。経済学の理論では、経済が正常(ノーマル)な状態では金利が成長率よりも高くなるからだ。金利が成長率より低いという状態は、今までの正常とは違うということだ。

 四月、来日していた国際通貨基金(IMF)のヴィトール・ガスパール財政局長は、歴史的に見れば、金利が成長率より低い状態は過去に何度もあったと指摘する。確かに日米英仏のデータを調べると、金利が成長率より高い状態が続くのは1980年代以降で、それ以前の100年聞を見ると、半分ほどの時期は逆転している。長期的に金利が成長率よりも低いかどうかは、財政再建の必要性を判断する重要論点であり、2000年代には日本の経済論壇で大論争となった(竹中・吉川論争)。そして今、世界的な低金利の中で同じ論争が復活しつつある。

 IMFでは、金利が成長率よりも低い状態が長期化することについて研究プロジェクトを立ち上げるという。金利が成長率よりも高くなるのが正常であるとする現代のマクロ経済学が形作られたのは、ちょうど、アメリカなど先進諸国において金利が成長率より高い状態が定着した1980年代だった。当時の常識が、必ずしも正しくはないかもしれない、とガスパール氏は言う。

 一方、永久に金利が成長率より低いと、将来のGDPの割引現在価値が無限大になってしまうので、理論的につじつまが合わない。低金利の現状は、一種の国債バブルが生じている状態なのだろうと筆著は見ている。ニューノーマルはバブル崩壊のリスクと隣り合わせだと考え、警戒を怠らないことが必要である。ここで言うバブル崩壊とは、日本政府の財政の持続性に対する国民の信頼が崩壊することである。

 日本の財政の持続性については、昨年10月のIMFレポート(財政モニター)において、日本政府の資産と債務がほぼ同額であることが図表で示され、日本で話題になった。つまり、IMFが日本の財政を健全と見る証拠だと解釈されたのである。ガスパール氏はそれを強く否定した。日本政府の資産の多くは道路や橋など、借金返済のために売ることができないものだ。IMFが計上した資産額は、その資産が生み出す行政サービスの価値を表している。額が大きくても、換金できないものだから債務返済の観点からは意味がない。財政の持続性は債務総額で見るべきで、その基準で考えると日本財政は危機的な状況にあるというのがIMF(ガスパール財政局長)の見方であった。