メディア掲載  外交・安全保障  2019.07.02

ローマ対ペルシャの再衝突

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年6月27日)に掲載

 先週ホルムズ海峡上空で米国の無人機(ドローン)がイランに撃墜されたが、東京の反応は意外に鈍かった。日本でドローンといえば、秋葉原のモデルショップで売っているプラスチック回転翼付きの機体をリモコンで操縦する代物だからか。だが、今回撃墜された米軍ドローンは最新鋭無人偵察機、大きさはジェット戦闘機並みだ。冷戦時代のU-2機だと思えばよい。ソ連(当時)はそのU-2を1960年に撃墜、その直後に米ソ首脳会談はキャンセルされた。イラン革命防衛隊が米軍機撃墜の意味を知らぬはずはない。今週は最近の米イラン対立について書こう。

 正直なところ、イランが最近の米国による挑発にかくも簡単に過剰反応するとは思わなかった。筆者の現時点での見立ては次の通りである。

 米イランは相互抑止 中東における米軍のプレゼンスは今も圧倒的だが、イランも中東各地で米国の権益を脅かすことが可能だ。米イラン間には相互抑止が機能し、2015年のイラン核合意はその結果だったのである。

 ルールを変えた米国 昨年トランプ政権はその核合意から離脱し、最近ではイランの石油輸出を事実上禁じる制裁を再発動する。これにより米イラン間の戦略的関係は大きく変化し始めた。

 緊張拡大も相互的 米国は革命防衛隊をテロ組織に指定し、軍事的圧力を強化したに違いない。過去数週間にイランが4隻のタンカーを攻撃したのは決して偶然ではない。日本所有タンカーへの攻撃も、革命防衛隊の一部最強硬派が対米対話再開阻止のため行ったと考える。

 トランプ氏は良い警官か 大統領は攻撃直前に対イラン軍事報復を中止したと報じられたが、これでイランが改心するとは思えない。テヘランはトランプ政権内が割れていることを熟知している。米の目的はイラン体制崩壊か、それともイランと新たな核合意を結ぶことなのか。これがはっきりしない限り、両国間の対話は始まらない。

 戦争は強硬派を助ける トランプ政権の安保政策チームは、副大統領も含め、対イラン強硬論者のようだが、戦争はイラン政権内の穏健派を弱体化させ、強硬派を勢いづけるだけだろう。

 最高指導者の役割 米イラン衝突を回避する唯一の方法はハメネイ最高指導者の英断である。米国にはイラン・イスラム共和制を文字通り消滅させる力がある。もしハメネイ師が現体制を死守したければ、強硬派を抑えることが不可欠ではないか。残念ながら、この最高指導者の政治的宗教的権威は不十分らしく、同師が革命防衛隊という忠実な支持者に圧力をかける可能性は低いだろう。

 この関連で重要なのは英仏独や日本の役割だ。これらの国が共同してイラン説得に回れば、衝突回避も不可能ではないが、現状でかかる動きが顕在化する可能性は低い。

 新ペルシャ帝国の誕生? 1979年のイラン革命以来、イラン・ペルシャ民族主義を代弁してきたのは皮肉にもシーア派イスラムだった。米国がこの地域大国をさらに辱めれば、絶望的で欧米の価値との妥協を拒否する現代のペルシャ帝国が生まれる。

 欧米の歴史家は反論するだろうが、筆者には現在の米イラン対立が、古代ローマ・ペルシャ帝国の後継者による、今後も長く続く新たな覇権争いの始まりを暗示しているように思えてならない。

 現代の新ペルシャ帝国は中東地域、特にエネルギーの豊富な湾岸地域を不安定化させる。ここで高笑いするのは中露の指導者だろう。諸帝国の逆襲は既に始まっているのである。