メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.06.17

ブレグジットと民主主義

『商工ジャーナル』(商工中金経済研究所 発行)2019年6月号掲載

 イギリスの故チャーチル首相の「これまで試されたすべての形態を別にすれば、民主主義は最悪の政治形態と言われている」という言葉は、よく引用される。その民主主義を代表しているはずのイギリスが、ブレグジットをめぐって、混乱を極めている。

 メイ首相がEUと合意した離脱協定案は、与党の一部が反対して三度も否決された。これとは別に、イギリス議会は、考えられる8つの案について採決したが、全てが多数を獲得できなかった。メイ首相の協定案か、EUとの合意なき離脱(ノーディール・ブレグジット)か、EUへの残留(ノー・ブレグジット)か、イギリスが一つの案にまとまりそうにはない。

 これだけもめたのは、英領北アイルランドとアイルランドとの間の国境問題があったからである。1960年代から90年代にかけて、北アイルランドで、イギリス残留を望むプロテスタント系住民と、アイルランドとの統一を目指すカトリック系住民との問で、大きな紛争が起きた。これが下火になったのは、イギリスもアイルランドもEU加盟国となり、国境管理が撤廃され、ヒトやモノが自由に移動するようになったからだ。しかし、イギリスがEUの外に出ると再び検問所が復活する。

 紛争再発を防ぐためには国境管理はすべきでないが、離脱するのに国境管理をしないわけにはいかない、という両立できない問題が生じた。メイ首相の協定案は、ブレグジットを犠牲にして北アイルランド問題を優先した結果、離脱するのに、EUの関税同盟の中に留まりEU規則に従うなど、中途半端なブレグジッ卜になった。このため与党保守党のブレグジット派は、これに猛然と反対した。

 EUに残るべきか離脱すべきかを国民投票にかけたとき、イギリスの国民や政治家たちは、北アイルランド問題が存在するとは思わなかった。それどころか、ノーディール・ブレグジットとノー・ブレグジットの区別がつかない国民やメイ首相の協定案を理解していない国民もかなり存在する。国民が問題を理解しているという民主主義の前提が成立していない。

 たとえ理解しても客観的な判断に従わない。離脱すれば経済的に悪影響を受けることが分かっていても、EUから不利益を受けていると考える人は、離脱を支持する。トランプの対中貿易戦争で被害を受けても、米国農民がトランプを支持し続けるのも同様である。

 小選挙区制では、一人しか議員として当選しないので、多数の死に票が出てしまう。他方、国民投票では、すべての票がカウントされるので、議員数から見ると少数派だと考えられた離脱派が、わずかではあるが残留派を上回った。しかし、ブレグジットを審議するのは、小選挙区制で当選した議員たちである。直接民主主義と間接(代表制)民主主義の対立である。しかも、格差が拡大し社会が分断されているときは、異なる階層を代表する小選挙区制の当選者同士の間で妥協は成立しにくい。

 ブレグジットは代表制民主主義の今日的な問題をあぶりだしたように思われる。