メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.05.15

見たくなかった安倍訪米~甘すぎる対米貿易交渉~お土産をどっさり持って行く、与えるだけの外交。トランプに近すぎるのは危険だ~

論座 に掲載(2019年5月1日付)
平成への肯定感

 平成が終わった。

 昭和という時代については、国民は肯定と否定の相混ざった複雑な気持ちを持っていたはずである。戦後の焼け跡から復興し、高度成長を実現した経済的な繁栄があった半面、戦争で多くの人が命を落としたり、親兄弟や家・財産を失ったり、悲惨な思いをしたからである。

 平成にも、バブル崩壊やリーマンショックなどの経済危機に加え、雲仙・普賢岳噴火、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨など多くの自然災害に見舞われた。しかし、国民の多くは、平成に対して肯定的な見方をしているようだ。

 それは、平成の天皇・皇后両陛下が、平和・不戦への思いを強く持たれ、沖縄・サイパンという先の大戦で大きな悲劇を生んだ地域を訪問され、哀悼の意を表明されたことや、災害の被災地には真っ先に訪問され、住民を励まされたことなど、言葉だけではなく行動によって示されたことに、国民は感謝しているからである。

 「両陛下には長い期間国民に寄り添っていただいて感謝ばかりです」という4月30日皇居を訪れた人の言葉に、多くの国民は同じ思いを共有するに違いない。


見たくなかった安倍訪米

 その一方で、今度の連休初めには、あまり見たくない光景を目にした。安倍総理の訪米である。

 朝日新聞は、安倍総理がともにゴルフをするなどトランプ大統領にべったりくっつくさまを、抱き付き外交と形容した。

 その一方で、短い期間に日米の首脳が3度も会合することを、日米関係が良好なことを示すものだと手放しで評価している人もいる。

 しかし、頻繁に会うことは、外交関係が良好であることを示すものではない。むしろ、問題が生じているほうが、頻度は高くなる。ブレグジット問題で危機に陥ったイギリスのメイ首相は、EUのユンケル欧州委員会委員長やトゥスク大統領とたびたび会合を持たざるを得なかった。

 トランプ大統領も、安倍総理の訪米で、ことのほか上機嫌になったようである。

 先ほど公表された報告書で、2016年大統領選のロシア介入疑惑を捜査してきたムラー特別検察官を解雇するよう関係者に圧力をかけたなど、司法妨害をしたのではないかという疑いがもたれ、民主党内からは大統領を弾劾すべきだという声もでてきている。そのなかで、安倍総理によいしょされたことは、ひさびさに嬉しい出来事だったに違いない。


どっさり持って行ったお土産

 しかし、安倍・トランプの仲が良くなって、日本に何か良いことがあるのだろうか?

 かつて中国がアジアの大国だったころ、中国は周辺国からの朝貢外交を「薄く来りて厚く帰る」と表現していた。中国は周辺国が持ってくるお土産をはるかに上回る価値のお土産を持たせて、帰国させるというのである。

 安倍総理の訪米を朝貢外交と呼ぶのは適切ではないかもしれない。アメリカは世界一の経済大国である。昔の中国なら、日本が持っていったお土産を上回るお土産を安倍総理に与えて帰国させたはずである。

 しかし、報道に接する限り、安倍総理はたくさんのお土産を持って行ったのに、ほとんど何も持たずに帰ったようである。

 記者会見でトランプは日米の貿易交渉は5月にも終了するといって、最低限参議院選挙後に妥結させたい安倍総理を慌てさせた。しかし、こうした発言をするには、その前提として安倍総理から相当な譲歩・言質を得ているに違いない。

 また、その直後に開かれた集会では、トランプは支持者に対して、安倍総理はトヨタなどの日本企業がアメリカの自動車工場に400憶ドル(4兆6千億円相当)の対米投資を行うと約束したと発言している。本当なら、かなりのお土産である。

 世界一の金持ち国家に与えるだけ与えて、自らは何ももらわずに帰るというのでは、金持ちアメリカがますます金持ちになって、日本はますます貧乏になるだけではないだろうか。これでは、昔の中国のほうがはるかにましだ。


与えるだけの日米貿易交渉

 日米の貿易交渉では、首脳間で交渉の加速を合意したり、茂木担当大臣は日米両国の「ウィン・ウィンとなる成果の早期実現」を目指すなどと発言したりしている。

 TPP11や日EU自由貿易協定の発効で、農産物関税で不利になっているアメリカとしては、交渉を加速して早期に妥結することで、カナダ、オーストラリア、EUなどとの競争条件の不利性を一刻も早く是正したいのは、当然である。

 しかし、日本としては交渉を急ぐ必要は全くない。それどころか、この交渉をしなくても今まで通りアメリカに自動車などを輸出できる。日本としては交渉自体行う必要がなかったのである。

 また、今行われている交渉の、どこが「ウィン・ウィン」の関係なのだろうか?

 日本がアメリカの農家のために農産物関税を引き下げることは、アメリカにとって「ウィン」である。しかし、アメリカが安全保障を理由として自動車の関税をWTOに約束した以上に引き上げることは、日本もEUもWTO違反であるという考えである。これをアメリカがやらないといったとしても、それはWTO違反のことはしないという当然のことであり、日本にとって何の「ウィン」でもない。また、アメリカは金融政策を縛りかねない為替条項の導入も要求している。

 これに対して、日本側が、自動車関税(通常車2.5%、トラック25%)の即時撤廃や鉄鋼やアルミに対して安全保障を理由として行った関税引き上げの撤回を要求したという話は、一切聞かない。つまり、日本としては与えるだけで、見返りを全く要求しない交渉となっている。

 交渉はギブアンドテイクだが、今回の交渉は日本のギブアンドギブ、アメリカのテイクアンドテイクとなる。もちろん、アメリカにとって「ウィン・ウィン」であり、日本にとって「ルーズ・ルーズ」である。

 アメリカの元通商代表部関係者による驚くべき分析を読んだ。アメリカ連邦議会は、農業だけとか物品だけとかの協定ではなく、サービス等も含めた包括的な自由貿易協定を要求している。そうでないと承認しないというのである。しかし、この元通商代表部関係者によれば、議会承認を得ない道も可能だというのである。

 アメリカの関税を下げるというのであれば、連邦議会の承認は必要となる。しかし、日本が一方的に日本の農産物の関税を引き下げるだけなら、アメリカの政策に変更はないので、連邦議会の承認は要らないというのである。つまり、日本だけが譲歩するなら、可能だというのだ。

 もちろん、日本が関税を下げることについては、日本の国会の承認が必要となる。彼は、日米の双務的な協定ではなく、日本だけが義務を負担する片務的な協定なら議会承認が不要だと言っているのである。これほど日本を馬鹿にした分析はない。

 私はこのような分析に怒りを覚えた。しかし、今の交渉の図式はこの分析のとおりであり、そのような分析を行う土壌を日本政府が提供しているのだ。


アメリカに甘すぎる日本政府

 日本の政府関係者は、農産物でTPP以上の譲歩をアメリカが求めないことにしたことを、交渉上の勝利だと考えているようだ。

 しかし、これは「負け犬根性」から抜けきれないことを示すものに他ならない。すでに、何度も指摘しているように、今回の日米交渉では、日本が圧倒的に有利な立場にある。アメリカがTPP以上の譲歩を求めることは絶対にありえない。

 日本が受け入れられない要求をして、交渉が長引けば長引くほど、カナダ、オーストラリア、EUなどとの関税格差は拡大してしまう。また、早く合意しないと、来年に迫ったアメリカ大統領選挙でトランプは中西部を失い、落選する。連邦議会の承認手続きなどを考慮すると、今年中に合意しなければならない。

 土下座してでも交渉を早くまとめたいと切羽詰まっているのは、アメリカである。

 TPP水準の関税をアメリカに認めるのも、日本がアメリカに関税を下げるのであり、日本にとって譲歩である。これを、よくぞTPP水準で納めてくれた、アメリカが日本に譲歩してくれたと受け止めているなら、日 本政府は、とんでもないお人好しである。


TPP参加国に顔向けできるのか?

 そもそも、勝手にTPPから離脱して、自ら苦しい状況になっているのは、トランプである。

 また、これによって日本はTPP11交渉をやり直すという手間もかけさせられた。カナダ、オーストラリア、ベトナムなどのTPP参加国は、日本に付き合ってTPP11を締結してくれた。

 これらの国と同じ条件をアメリカに認めてよいのだろうか?

 TPP参加国の代表として、アメリカにペナルティを課すくらいのことは、すべきではないだろうか?

 それだけではない。もし日米の貿易協定が結ばれ、アメリカ産農産物の日本市場での不利性がなくなれば、アメリカがTPPに復帰するインセンティブはなくなってしまう。

 ベトナムはアメリカの繊維市場でのアクセス拡大を見返りとしてTPP協定での国有企業への規律導入を受け入れた。日本はTPP11にベトナムを参加させるために、いずれアメリカもTPPに復帰しアメリカの繊維市場でのアクセスが得られるはずだと、ベトナムを説得したはずである。

 TPP離脱という問題行動を起こしたトランプには媚びへつらい、日本の説得には応じてくれたベトナムの利益は無視するという態度を日本国民はとってよいのだろうか。


トランプに近すぎる危険

 日本にとってもっと危険なことは、日本の総理がトランプと近すぎる関係を持つことである。

 日米貿易協定の早期妥結は、トランプにアメリカ大統領選挙で死活的に重要な中西部の農民票を獲得させるために、有利な材料を提供するということに他ならない。アメリカが日米貿易交渉を要求したのは、トランプの選挙対策として重要だったからである。

 これは民主党からすれば、敵対行為である。日本政府は、トランプが選挙で必ず勝つと考えているのかもしれない。

 民主党は多数の候補者の乱立で混乱しているように見える。しかし、前回の大統領選挙では、共和党で候補者が乱立したものの、勝ったのは共和党のトランプだった。

 何があってもトランプに投票するというアメリカの有権者は35~40%、これに対して何があってもトランプ以外に投票するという有権者は40~45%、残りの20%程度がどちらに転ぶかで、結果は左右される。

 先日立候補を表明した前副大統領のバイデンは、このような状況を見て、政策を訴えるというよりは、反トランプを訴えている。まず反トランプの固定票を確保するという戦略だ。バイデンが民主党の予備選を勝ち上がり、大統領候補になれば、中西部に強い支持を持つバイデンがアメリカ大統領選挙で勝利する可能性が高い。

 そのとき安倍総理は、バイデンにも抱き付き外交をするのだろうか? 沈着冷静で苦労人のバイデンは、そんな魂胆を見透かすだろう。

 また、トランプが大統領選挙で勝利したとしても、連邦議会の多数は民主党となることが予想される。そうなると、トランプは当選直後からレイムダックとなってしまう。

 今、カナダ、メキシコと合意し直した北米自由貿易協定NAFTA(現在の名称はUSMCA)の議会承認が、民主党の反対で暗礁に乗り上げている。日本がアメリカのトランプ政権と貿易協定を結んだとしても、アメリカ議会が承認するとは限らない。そんな協定を急いで締結する必要はない。

 私が2月にアメリカを訪問した際、安倍総理がトランプのためにノーベル平和賞への推薦状を書いたことが、アメリカの友人たちに話題にされた。アメリカの言うことを聞かざるを得ない小さな国ならともかく、日本のような国の総理がそんなことまでするのかという感じだった。日本の国民はどのように感じているのかと聞かれ、「立派なことをしてくれたと評価している」と答えるわけにもいかず、恥ずかしい思いをした。

 アメリカの半数以上の国民はトランプを嫌っている。トランプが歴史上もっとも尊敬される大統領の一人として、その伝記が子供たちに読まれることは想像できない。ムラー特別検察官を罷免するという司法妨害行為が未遂に終わったのは、トランプの命令を受けた側近たちが、そんなことをすれば大変なことになると、これを無視したからである。

 安倍総理はフランスを訪問すると、マクロン大統領に対して保護貿易反対だと言う。保護貿易をしているのはトランプなので、これはヨーロッパでは反トランプを宣言しているに他ならない。しかし、トランプを前にすると、ノーベル平和賞への推薦状も書くし、ゴルフも共にする。トランプには"寄り添う"以上の行為をしているように思われるのに、"寄り添う"と公言した日本の国民には寄り添ってくれているのだろうか。

 平成の30年、天皇は沖縄や被災地の人々の痛みに寄り添われた。国民が惜しむのは、想いを言葉だけではなく行動で示されたからだろう。