メディア掲載  外交・安全保障  2019.04.02

内政に明け暮れる米国

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年3月28日)に掲載

 ロシアゲートを捜査する米国のモラー特別検察官が先週金曜日、最終報告書をバー司法長官に提出。24日、同長官は議会に概要の書簡を送り、「特別検察官は2016年米大統領選でのトランプ陣営とロシアの共謀を認定しなかった」と明らかにした。トランプ大統領は早速、記者団に、「共謀や司法妨害はなかった。完全に無罪だ」と主張。まぁ、予想通り。内容に驚きはない。今回は、特別検察官報告書公表後の米国内政を取り上げたい。

 リベラルメディアを目の敵にするFOXニュースは金曜日の段階で、勝ち誇ったごとく「主要メディアはショックを受けた」と雄たけびを上げた。対するCNNの記者は茫然(ぼうぜん)自失、「トランプ政権は静かに祝杯を上げ、報告書完成に大喜び、われわれは勝ったと言い切る輩(やから)すらいる」と悔しそうに報じていた。

 それにしても米マスコミの体たらくは何だ。筆者はトランプ支持者ではないが、今回のトランプ政権の言動は「疑わしきは推定無罪」という刑事訴訟法の大原則にのっとったものだ。これに対するCNNの報道ぶりは異様で、特定容疑者の「推定有罪」としか思えない。筆者はこうした米マスコミの状況を「一国二制度」と呼び、批判するが、この数日間で事態はさらに悪化した。

 報告書の内容は要するに「ロシアとの共謀はなかったが、無罪放免でもない」ということだ。このままでは下院を支配する民主党が司法省に召喚状を発して報告書全文の議会提出を求めるだろう。当然トランプ政権はこれを拒否するから、決着は最高裁までもつれ込む。後はそのまま2020年の大統領選まで血で血を洗う政治闘争が続くのだ。

 内政が重要なことは理解できる。だが、世界で今何が起きているかを知れば、こんなばか騒ぎをやっている暇など米国にはないはずだ。幾つか例を挙げて説明しよう。

 先週木曜日、トランプ氏はゴラン高原に対するイスラエルの主権を認め、ポンペオ国務長官は同高原の占領が安保理決議違反ではないと言い切った。根拠は何なのか。

 英国ではEU離脱に関し新たに国民投票を求める大規模なデモがあり、一部主要紙はメイ首相退陣を求めた。合意なき離脱は米国経済にも悪影響を及ぼすというのに。

 中国国家主席を迎えたイタリアは、米国などの反対にもかかわらず「一帯一路」構想に正式参加した。大衆迎合的民族主義を掲げる今のイタリア政府には欧米の警告など馬耳東風、このままではローマの5Gは中国製になる。

 南米ではベネズエラで混乱が続いている。先週木曜日には「暫定」大統領の最側近が家宅捜索の末、銃火器所持の容疑で拘束された。どうやらマドゥロ現大統領は「レッドライン」を越えつつあるようだ。以前トランプ氏は「全ての選択肢がオープン」と発言したが、どうするつもりか。

 極め付きは金曜日、トランプ氏は財務省が発表した北朝鮮に対する追加的大規模経済制裁を突然「撤回するよう命じた」とツイートし大騒ぎになった。同日北朝鮮は開城の南北連絡事務所からの撤退を発表している。北朝鮮の非核化は一体どうなったのか。

 もうこのくらいにしよう。月曜日以降も報告書をめぐる争いは続く。有名な元米下院議長は「全ての政治はローカル」なる名言を残した。筆者は「全ての国際政治はドメスティック(内政)」と考える。米国が報告書公表で一喜一憂する間も世界は動いている。トランプ氏が生き残ろうと失脚しようと、国際社会は内政に明け暮れる米国を待つことはない。一国の政治が内政一色となれば、その国は国際的に立ち遅れる。これは何も今の米国だけでなく、同じく内政問題に明け暮れた日本にも言えることだ。今や米国は世界の反面教師である。