メディア掲載 グローバルエコノミー 2019.03.27
3月11日夜、イギリスのメイ首相とユンケル欧州委員長との間で、イギリス議会が反対してきた離脱協定案についての見直しが合意された。この見直し合意案についても、イギリス議会は、賛成242、反対391の反対多数で否決した。
メイ首相が提案した協定案を下院が否決したのは1月に続いて2度目となる。この経緯と理由について、簡単に振り返ってみよう。
イギリス議会で問題とされたのは、協定案のバックストップ(イギリスとEUが2020年末までに合意できなかった場合のセイフティネット)措置である。これによると、英領北アイルランドとアイルランドとの厳格な国境管理を避けるための対策が見つからないまでの間、これまで通りイギリス全土を関税同盟(イギリスと他のEU諸国と間の貿易について関税はゼロとし、日本など他の国に対してイギリスはEUと同様の関税(自動車だと10%で統一)を課す)に残すとともに、経済面ではEU全体としての単一(共通)市場を維持するため、北アイルランドについてはEUと同じ規則、イギリス本土にはEUと同様の規則を適用することとしている。
これに対し、関税を決める権限はEUにありイギリスにはないのでイギリスは関税を引き下げるための独自の自由貿易協定交渉を諸外国と結べなくなる、EUから離脱したイギリスには決定権限がないEUの規則に将来も縛られることになる、同じイギリスなのに北アイルランドとイギリス本土とで経済的な制度で差別的な取り扱いが行われることになる――といった批判が上がり、当初の協定案は1月イギリス議会によって歴史的な大差で否決されている。
こうした批判を避けるため、見直し合意では、イギリスはバックストップに恒久的に拘束されるものではないという方針を確認し、バックストップを発動させないため、2020年末までに厳格な国境管理の回避策を見つけるよう、英・EU双方が努力することとされた。
しかし、今回の見直し合意は、これまでの協定案に書かれていたことを、表現を変えて記述しただけである。
そもそもバックストップとは、2020年末までに双方が交渉し、妥結できなかった場合に、適用されるのであり、交渉がまとまれば適用されないものである。見直し合意が、バックストップを発動させないよう2020年末までに双方が交渉して厳格な国境管理の回避策を見つけるよう努力すると記述していることは、表から書いていたことを裏から書き直しただけと言える。そこまで評価するのは酷だとしても、英・EU双方とも厳格な国境管理を回避したい以上、当然のことを記述したに過ぎない。
見直し合意の報道を読んで、中国の朝三暮四という話を思い出した。宋の狙公(そこう)が、飼っているサルにトチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいへん喜んだという「荘子」に出ている話である。
ユンケル欧州委員長以下のEUは、協定案の見直しには応じられないという立場だったので、見直し合意は単にメイ首相に助け船を出しただけのものに過ぎない。協定案の表面を化粧直ししただけのコスメチックなもので、協定案の中身・内容は一切いじっていない。
イギリス議会の議員たちは、これにだまされるようなサルではなかった。12日に新合意が大差で否決されたのも当然である。
この後の手続きとしては、13日合意無き離脱(ノーディール・ブレグジット)の是非が採決され、これも否決されれば14日離脱日の延期の是非が採決される。これが否決されればノーディール・ブレグジットになるが、議員たちはノーディール・ブレグジットは避けたいという気持ちで一致しているので、離脱の延期が可決されることになろう。
その場合、イギリス政府はEUと、延期が認められるかどうか、認められるならその期間をどの程度とするかなどについて協議を行うことになる。
では、延期をして何をするのだろうか?
ブレグジットを実行し、イギリスがEU(の関税同盟)から分離して別の関税地域となるなら、日本が世界の他の国との間で行っているような国境管理が当然必要となる。国境管理の回避策があるというなら、日本もアメリカも、世界中のどの国も、とっくに行っているはずである。国境管理の回避策は、(協定案のバックストップのように)EUの関税同盟に留まることである。
ブレグジットなら国境管理が必要だし、国境管理がいやなら、形だけのブレグジットとなる協定案のバックストップを飲むか(これは今回も否決された)、離脱なし(ノーブレグジット)=EU残留を選択するしかない。「離脱」と「国境管理なし」は両立しない。
協定案のバックストップは、この両立しないことを解決しようとして、「国境管理なし」を優先し、「離脱」をほとんど否定してしまった。離脱派が怒るのは、もっともである。
結局協定案が二度も否定されてしまった以上、離脱日を延期しても、論理的には、合意無き離脱(ノーディール・ブレグジット)か離脱なし(ノーブレグジット)しか選択肢はない。しかも合意無き離脱を誰も選択したくないなら、離脱なししか途は残されていないのである。
合意無き離脱が現実味を帯びるようになってから、離脱に反対する声が高まっている。ホンダのイギリスからの撤退はブレグジットとは関係ない事情によるものだとしても、イギリス国民からすればブレグジットのせいだと受け止められる。
となると、離脱延期期間を大幅に延長して所要の手続きを行い、もう一度国民投票をするしかない。
現在の協定案に固執するメイ首相が国民投票に必要な延期期間をとらないというのであれば、合意無き離脱があるのみである。イギリスの議会や国民がそれを好まないというのであれば、メイ首相が自発的に辞職するか(保守党は昨年末の党内信任投票に拘束されるため党首であるメイ首相を罷免できない)総選挙を行い、政治のリーダーを代えたうえで、再度国民投票にかけるという手続きをとるしかない。メイ首相も自身が推進してきた協定案が二度も大差で否決された以上、潔く退陣するしかないのではないだろうか。
EUの本音は、イギリスがEUに残留してほしいというものである。イギリスが再度の国民投票を実施したいというのであれば、長い延期期間を設けることを拒否するとは思われない。
大山鳴動したが、EU残留という結論に落ち着くしかない。