コラム  国際交流  2019.03.20

【シリコンバレーに見る自動車業界の「価値破壊」の予兆と「価値創造」への道(1/4)】 そもそもウーバーとは

<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>

シリコンバレーに見る自動車業界の「価値破壊」の予兆と「価値創造」への道
1. そもそもウーバーとは(2019年3月20日掲載)
2. リフト(Lyft)のグリーンモードの衝撃(2019年3月20日掲載)
3. テスラの「価値」:競争の土俵を変える(2019年3月22日掲載)
4. オーロラ(Aurora):先陣を切る企業を飛び出した起業家たち(2019年3月22日掲載)



 シリコンバレーはこれまで多大な価値を生み出すと同時に、多くの企業や業界を破壊(ディスラプト)してきた。時価総額だけでなく保有キャッシュでも世界トップランクの上位は、今やシリコンバレーの企業で埋め尽くされている。そして、破壊された企業や業界の数は増える一方である。携帯電話で圧倒的な世界トップシェアを誇ったノキアは、その代表例である。また、多数のメーカーと通信キャリアが競争しながら利益を出していた1990年後半から2000年前半の日本の「ガラケー」業界もそうである。

 現在、自動車業界に価値破壊の波が押し寄せて来ている。具体的に、どのタイミングでどのようにディスラプションの波が来るのか予想できないが、確実に既存の価値破壊の予兆シグナルがいくつも見られる。

 今後、自動車業界では電気自動車と自動運転の技術が重要になってくるが、これら技術の進化と浸透、そして価値破壊と創造は、技術の特性だけで起きるものではない。技術により「何ができるのか」だけでなく「誰が何をするか」によって起きる。ウーバーに代表されるライドシェアというビジネスモデルは、自動車業界の既存の価値を破壊してきたが、長期的にどのような価値を作り出すのかまだ分からない。ウーバーという会社自体は10年後にはなくなるかもしれないが、破壊された価値が同じ形に戻ることはない。今までは活用できていなかったが、今後飛躍的に伸びるはずのAI(人工知能)と、それを可能にする安価で豊富な情報処理能力と蓄積能力は、間違いなく何らかの価値を作り出すだろう。しかし、具体的に誰がどのような形でそれらを価値に繋げるのか、まだ定かではない。また、テスラのように自動車会社でありながら、目指す先は「自動車業界」ではなく「地球のエネルギー改革」だというゲームチェンジャーも出て来ている。

 このような要素は、シリコンバレーという特殊なエコシステム(生態系、複数の補完関係がある要素)から生まれ、世界を大きく変えている。シリコンバレーの仕組みにも触れながら、自動車業界の未来への「シグナル」を取り上げたい。


そもそもウーバーとは


 まずは、ウーバーと競争相手のリフト(Lyft)について述べる。日本には本当のライドシェアサービスはまだないので、少し詳細を説明する必要がある。基本的には、個人が自家用車をアプリに登録し、タクシーのように乗客を乗せる。そして、乗客によるドライバーへのレーティング(評価)とドライバーによる乗客へのレーティング、つまり双方向の評価で信頼を担保する仕組みである。アプリで乗客から問合せが来たら(おおよその目的地は書いてある)、数秒以内に承諾するか無視するかによって乗客を獲得する。乗客の数がドライバーよりも多い、あるいは多いと見込まれる場合には、サービスの値段が上がりドライバーへの報酬も上がる。その結果、ドライバーの数が増えサービスの値段は下がる。需給バランスが戻ると報酬と値段は元に戻る。車を呼ぶ時にアプリで行き先を指定すると値段が表示され、混んでいるので高い値段なのかどうか確認できる。急いでない人は少し待てば値段が下がるので、急ぎの人だけが高い値段を払うことになる。乗客はアプリの「呼ぶ」ボタンを押すと、車種とプレートナンバー、ドライバーの顔写真と名前が現れ、後は迎えに来てくれるまで画面上の動く車のアイコンを見ているだけで良い。外が雨や寒い時あるいは暑い時には、近くの避けられる場所で待っていれば良い。目的地は既にインプットされているので、ルートも到着予定時刻もアプリで見ることができ、最良の方法で目的地に着ける。渋滞情報や目的地への最短ルートの選択に関しては、ウーバーもリフトもグーグルマップを利用している。グーグルマップは第三者が使えるという意味で本当のプラットフォームである。

 ライドシェアサービスは自動車の既存価値を大きく破壊した。なぜなら、乗客は、20分以内の比較的短い乗車であれば、車種は気にしないことが分かったからである。筆者にとっては、もちろん日本車の方が嬉しいが、10~30分程度の一度きりの後部座席乗車であれば、車種よりも座席が綺麗かどうか、運転手がフレンドリーか(あるいは喋りたくないときは静かにしてくれるか)や運転技術が乗車体験を左右するのである。

 ドライバーにしてみれば、安くて長持ちし壊れない車の方が好ましいので、日本車の競争力はある程度は保たれる。しかし、リース条件や購入時の値段だけを考えるドライバーもいるので、日本車以外の車も出回る。リフトには、車の所有者が毎月ある程度以上の時間をリフトとして稼動してくれれば、車をリースして代金も出してくれる制度がある。

 数年前から、都市部の若者やスタンフォード大学の学生などは、車を持たないどころか、所有していた車を売ってしまう傾向がある。ライドシェアサービスに年間何千ドルかを使っても、車の所有の手間と定期的に発生する様々なコストが省ける。オイルチェンジ、メンテナンス、給油は、お金だけでなく時間も取られてしまい手間がかかる。ちなみに、アメリカでは、女性ドライバーが一人で自動車ディーラーやメンテナンス所に行くと、高い確率で不必要な修理を脅しに近い形で強く勧められるので、友人の男性に一緒に行ってもらう必要があるというペインポイント(面倒なこと、課題)がある。しかも、都市では駐車場を探すのが面倒で駐車料金もかかる。スタンフォードでは、車を寮や職場の近くに駐車したい場合は、有料許可証が必要である。また、若者の自動車保険料は年間千ドル以上かかり、馬鹿にできない金額である。そこで、車での移動を全てウーバーやリフトにすると、実に多くのペインポイントが解決されるのである。

 どのようなサービスであっても、既存のペインポイントを解消できることが大事である。