メディア掲載  財政・社会保障制度  2019.02.20

「金融老年学」という新たな研究課題

中央公論 2019年2月号(2019年1月10日)に掲載

 高齢化が加速する中で、いま、金融業界や大学において重要性が認識され始めた問題として、認知機能が衰えた高齢者の金融資産を誰がどう管理するか、がある。

 もともと高齢の顧客が多い証券会社などの金融機関にとっては切実な問題である。大学の研究者には金融の実態変化は分からないので、むしろ現場が苦労している金融機関に促されて、大学でもこうした問題の研究が始められるようになった。高齢者の金融資産の問題を扱う研究分野は「ファイナンシャル・ジェロントロジー」と呼ばれている。ジェロントロジーとは「老年学」の意で、人体や細胞の老化現象を扱う医学の一分野だ。それに金融(ファイナンシャル)をつけて、「金融老年学」というわけだ。米国で誕生した用語で数年前に日本に伝わった。医学と経済学など様々な学問領域に横断的に関わる。

 懸念されるのは、いまの日本では、高齢者の資産管理はもっぱら個人の問題と捉えられ、経済的な観点からのアプローチが弱いことである。

 認知症患者数は、2030年に800万人を超えると予想される(内閣府)。日本の全人口の1割近くが認知症になる計算だ。日本の家計が持つ金融資産は総額約1800兆円にもなるが、その一割とすると180兆円。認知症患者の金融資産は20年以内に100兆~200兆円規模に達すると見込まれるわけである。

 本人が管理できない100兆円の資産を誰がどう管理するか、という問題は、高齢者福祉というより、もはやマクロ経済政策の領域と言っていいくらいである。

 認知症患者の財産管理をサポートする公的制度に、成年後見制度がある。弁護士や司法書士などが後見人となり、家庭裁判所の監督の下で認知症高齢者の財産管理を行う。日々の生活に必要な範囲を超えた資産の取引は、家裁の許可が必要とされるが、現状、すでに件数が多すぎて家裁の処理能力を超えているため、きめ細かな目配りは期待できない。また、「本人の財産を減らさない」ことが法曹界的には絶対価値となるので、金融資産は、もっぱら元本保証のある銀行預金に置くよう指導される。成年後見制度が普及すると、こうして銀行預金として塩漬けにされる資金が増えることになる。

 しかしこれでは、日本経済が必要とするリスクマネーは先細りである。適切なリスクをとりながら収益をあげる投資をするほうが、本人のためにも日本経済のためにも良いはずだが、後見人は、金融知識が乏しい福祉や法曹の人たちである。彼らに投資をせよと求めるのも酷である。他方、投資といえば高齢者をだまして過度なリスクをとらせる悪人が多いことも事実だ。

 新しい制度が必要だ。いまは一人一人の後見人が個人で被後見人の財産管理をしているが、それを一括して管理運用するファンドを作ったらどうだろうか。

 認知症の人の資産を扱うので、官による管理がある公的ファンドが良いかもしれない。第二のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)というイメージだ。成年後見人に、被後見人の財産を公的ファンドに委任することを義務づけ、ファンドでは金融の専門家がリスクのある投資も含め、効率的な運用を行う。金融のことが分からない後見人は、被後見人の生活のための現金をファンドの口座から引き出し、その管理だけすればいい。ファンドに元本保証を義務づければ安心だ。

 昨年騒動になった官民ファンドの産業革新投資機構はベンチャー企業の育成を標榜していたが、それよりも、公的ファンドとしては必要性がハッキリしていると思うのだが。