メディア掲載  グローバルエコノミー  2019.01.11

日米貿易協定交渉は日本が圧倒的有利なはずだ - 米国の対日通商要求は怖くない。交渉が長引くほど困るのは米国である-

WEBRONZA に掲載(2018年12月28日付)

米国の対日要求明らかに


 日米の貿易協定交渉でアメリカが要求する項目が明らかになった。


農産物と自動車

 農産物についてはアメリカの市場アクセスが確保できるよう関税削減等を求めるとともに、自動車についてはアメリカ車が日本市場で売れない原因だと従来から主張してきた非関税障壁の是正のほか、日本の自動車業界の対米投資拡大などを念頭に、アメリカ国内での生産・雇用の拡大につながる措置の導入を求めるという。


為替条項と非市場国条項

 さらに、自国産業の競争力を高めるため為替を自国通貨安(日本の場合は円安)に操作することを禁止する条項や「非市場国」(具体的には中国)とFTA(自由貿易協定)を結ぶことを抑制する条項を盛り込むよう、求めている。この二つは、いずれもNAFTA(北米自由貿易協定)を見直ししたUSMCAに、アメリカが盛り込むよう要求して実現したものである。

 為替操作条項は、従来民主党の保護貿易の立場に立つ議員やアメリカの自動車業界等競争力の低下した業界が主張してきたものである。

 また、非市場国条項を盛り込んだUSMCAでは、あるUSMCA加盟国が非市場国とFTAを結ぶと他の加盟国はUSMCAから脱退できるとしている。具体的には、カナダやメキシコが中国とFTAを締結すると、アメリカはUSMCAから抜けることで、カナダやメキシコがアメリカ市場に有利な条件でアクセスすることを禁止しようというのである。

 アメリカ市場にアクセスできなくなるカナダやメキシコは中国とFTAを結ぼうとはしなくなる。一種の脅しである。

 いずれも日本としては対応困難な無理筋の要求だ。政府の担当者はどのように考えているのだろうか。推測してみよう。


日本政府の担当者はこう考える


農産物についての政治的困難さ

 農産物について、TPPで譲歩した以上のことを譲ることはできない。

 戦後の最大の圧力団体であるJA農協は、農協改革を断行した安倍政権との対決姿勢を強めている。JA農協の機関誌、日本農業新聞は、TPP合意以上のことは一切認められないという論陣を張っている。また、夏の参議院選挙を前に、自民党として農協の組織票に逃げられると困る。


対応困難な自動車問題

 自動車はもっとやっかいである。

 まず日本の自動車産業がアメリカに輸出する場合について、USMCAで決着した内容からアメリカが要求する具体的な内容を推測すると、一定の数量までは「低い関税」での輸出を認めるが、その数量を超えると「高い関税」を課すというものである。これを輸入数量制限だと日本のマスコミは批判しているが、これ自体は日本政府が農産物の貿易政策で多用しているセーフガード(アメリカはスナップバックという)または関税割当て(TRQ、タリフレートクォータ)と呼ばれるもので、WTO違反ではない。

 問題は、このときの「低い関税」、「高い関税」とは何かである。

 アメリカがFTAを結んでいない国に対して適用する自動車の通常関税(WTOに約束している上限税率)は2.5%である。常識的には、FTAを結べば、アメリカは0%または2.5%を下回る関税をFTA相手国に認めることになる。低い関税は0%、高い関税は2.5%とするのが、妥当な合意内容だろう。

 ちなみに、日本の牛肉の輸入制度では、通常の関税は38.5%であるが、前年度同期比117%を超えるとWTOで約束している50%の上限税率を適用することになっている。

 しかし、それでは、日本の自動車業界がさらにアメリカに輸出しやすくなる。アメリカの生産・雇用を守り拡大するという交渉目的に反してしまう。

 オバマ政権でさえ、TPP交渉で2.5%を0%にするのに25年もかけることを日本政府に飲ませている。アメリカの要求は低い関税を2.5%、高い関税を安全保障の名目で導入しようとしている25%にしたいというものだろう。

 しかし、より貿易を自由にするというのがFTAの趣旨であり、さらに貿易を制限することは適当でないばかりか、安全保障の名目で自動車の関税を引き上げることはWTO違反であり、とうてい日本政府としては認められない。

 さらに、アメリカは自国産の車が日本で売れないのは非関税障壁があるからだと言うが、そのようなものはない。ヨーロッパ車はたくさん売れている。アメリカ車が売れないのは、日本で評判が悪く人気がないからという簡単な理由である。東南アジアの国々でも、アメリカ車を見ることは、ほとんどない。

 しかし、アメリカ人はなにか日本に問題があるのだと思い込んでいる。規制を緩和しろと言っても、安全上から必要な規制をアメリカ車が売れるようにするためだけに撤廃することはできない。これは、堂々巡りの議論になるだけで、いつまで経ってもラチがつかない。

 アメリカ政府が鉄鋼等の関税を引き上げたために競争力が悪化したGMは、アメリカ国内での工場を閉鎖し、生産や雇用を縮小しようとしている。それなのに、日本企業にアメリカに進出しろとは、政府としてとても言えない。

 また、基本的には民間企業が判断する話で、政府が関与できるものではない。こんなことを約束したら、企業間のケイレツが問題にされたり、外国産半導体の日本市場でのシェアを約束させられたりした80年代から90年代にかけての日米貿易摩擦の時代に戻ってしまう。


為替条項と非市場国条項の問題

 為替条項は、金融政策、マクロ経済政策を拘束してしまう。アメリカだって、オバマ政権の時には、TPP交渉でこれを取り上げるべきだとする民主党議員の要求を、財務省が中心となって否定してきたではないか。

 非市場国条項については、アメリカがカナダやメキシコと結んだUSMCAの条項だって日本にとっては問題である。カナダやメキシコもTPP参加国なので、将来中国をTPPに加盟させ、技術移転要求の禁止、高いレベルの知的財産権保護、国有企業に対する規制など、TPPで合意した高いレベルの規律を中国に課そうとしても出来なくなってしまう。

 また、日中韓のFTAや日中韓にインド、豪州、ニュージーランド、ASEAN諸国が参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)も交渉できなくなる。政治的には中国との関係をおかしくしてしまう。


日本は日米交渉をまとめる必要がない


 難題ばかりだが、アメリカの要求なので無視するわけにはいかない。あなたが、日本政府の担当者だったら、どのような対処方針を書くだろうか?

 一つずつの問題に頭を悩ませるよりも、交渉の出発点に立ち返ってみよう。

 まず最大のポイントは、二国間の交渉は日本が望んだものでも日本にとって好ましいものでもないことである。

 二国間交渉はトランプが日本に大きな譲歩をさせようとして要求したものである。逆に日本としては、農産物でTPPを超える譲歩を迫られるのではないかと恐れ、アメリカにTPP復帰を呼びかけていたものである。日本にとって日米の二国間の協定(FTA)はない方がよい。カナダやメキシコと違って、FTAがなければアメリカ市場への輸出が難しいというものではない。FTAがなくても今まで通りアメリカに輸出できる。アメリカもTPPに復帰したほうが、TPPを中国が参加せざるをえないような巨大な自由貿易圏とすることができ、中国に知的財産権などの高いレベルの規律を課すことができて望ましいはずだ。

 つまり、日本はこの交渉をまとめる必要はないのである。アメリカが農産物について日本市場で不利な扱いを受けるというのであれば、TPPに復帰すれば良い。


交渉が長引くほど米国農作物は日本市場から駆逐される


 第二に重要なことは、全てがパッケージで交渉され、合意されることである。全ての事項が合意されない限り、協定は結ばれない。

 行われようとしている交渉を、TAG(物品協定)と呼ぼうがFTA(自由貿易協定)と呼ぼうが、これは協定相手国の関税をWTOで約束している他の国の関税より低くするものであり、ガット・WTO協定の意味では、ガット第一条の最恵国待遇原則の例外であるFTAであることは間違いない。政府がTAGと呼んでいるのは、これまで二国間交渉FTAをやらないと言っていたことを糊塗するための詭弁にすぎない。

 大きな本質的な問題は、安倍政権が貿易に対する歪みの少ないTPPのような多国間協定を推進すると言っていたのに、トランプの圧力に屈して二国間交渉をやらざるを得なくなったことなのである。TAGではなくFTAではないかということばかり批判する野党もマスコミも、どうして枝葉のような些末なことばかり問題にするのか、私には全く理解出来ない。

 いずれにしても、これはガット・WTO協定の意味でのFTAには間違いなく、ガット第24条第8項の「実質上全ての貿易について関税を撤廃しなければならない」という規律に従わなければならない。いくらアメリカが農産物の関税交渉を優先して妥結したいとしても、自動車等を含めて全てのモノの貿易交渉をまとめなければ、「実質上全ての貿易」を対象とするFTAとはならないと言うことなのである。

 自動車や為替条項等でアメリカが日本に厳しいことを言えば言うほど、交渉の妥結は遅れ、TPPや日EU自由貿易協定によって有利な条件で日本市場にアクセスできる豪州、カナダやEU等の農産物輸出国によって、アメリカ農産物は日本市場から駆逐されてしまう。


問題は「アメリカ怖い病」だ


 最後に、上記二点と関連するが、交渉ポジションは圧倒的に日本に有利だと言うことである。

 アメリカは交渉を妥結しないと農業に影響が生じる。トランプが再選される条件は、ラストベルトでもありコーンベルトでもある中西部で勝利し、なおかつフロリダやオハイオなどの帰趨が不明確なスイングステートで勝利することである。コーンベルトの農業票を逃がしてしまえば、トランプの再選はない。

 これに対して、日本は交渉を妥結しない方がよい。中西部の農業票が欲しいなら、TPPに戻ってきなさいとアメリカに言えば良いだけである。

 為替条項も非市場国条項も、どうしてもアメリカとFTAを結ぶ必要があったカナダやメキシコは、アメリカの要求に屈せざるを得なかった。アメリカとFTAを結ばなくてもこれまで通り輸出できる日本は、USMCAの非市場国条項に付合う必要はない。

 要するに、カナダやメキシコと異なり、日本は優位な地位にあるのである。正論も国際社会の支持も日本にある。

 問題は、日本の交渉官が、これを認識した交渉をするガッツがあるかどうかである。彼らが、何が何でも日米関係優先的な"アメリカファースト"や"アメリカ怖い病"に毒されていないことを望みたい。

 最後は、シンゾウがドナルドにどれだけ主張できるかということになるのかもしれないが。