メディア掲載  外交・安全保障  2019.01.08

2019年に起きないこと

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年1月3日)に掲載

 謹賀新年、本年もよろしくお願い申し上げる。昨年は散々な年だった。今年こそは何か良いことが起きると予想したいところだが、世の中そうは甘くない。先日筆者は某経済週刊誌から「地政学で2019年の中東情勢を予測せよ」と依頼され、苦し紛れに「何が起きないか」予測を書いたら、これが意外に好評だった。されば今回は、年のはじめの例(ためし)とて、地政学に基づき今年世界で「何が起きないか」を考えてみたい。

 まずは地政学的に世界を俯瞰(ふかん)する。現状は①ユーラシア大陸の東西に位置する2つのランドパワーが再び帝国として「力による現状変更」を志向し始め②同大陸周辺部の小国群が両帝国の勢力下に組み込まれつつあるなか③かかる動きに懸念を深めるシーパワーが結束して牽制(けんせい)を始めたと見る。これに対し④ユーラシア南部の「半独立」の亜大陸国家は近年、北方で国境を接するランドパワーからの脅威をより強く意識し始めたが⑤欧州での戦域が陸上であるのに対し、アジアでの戦域は海上が中心となることから⑥西太平洋、インド洋とアラビア海・ペルシャ湾岸海域の一体性が一層重要になると考える。以上が今の筆者の見立てだ。これを前提に世界各地で「何が起きないか」を勝手に予測してみよう。

 1、北朝鮮は非核化しない。東アジアは昨年元旦から南北朝鮮の田舎芝居に振り回され、あろうことか米大統領までもが参入した。状況は北朝鮮ペースで第2回米朝首脳会談があっても北朝鮮の「非核化」は進展しないだろう。

 2、中国は米国に屈しない。中国が昨年来米国に狙い撃ちされている今、米国に大幅譲歩できる中国指導者はいない。米中大国同士の覇権争いは今後何十ラウンドも続く勝者もダウンもない、退屈なボクシングマッチとなる。

 3、東南アジアは統一しない。東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の国情の違いは著しい。中国に同地域全域を支配する力はないが、ラオスとカンボジアがあれば域内コンセンサス成立は阻止できる。当面同地域が一致結束することはないだろう。

 4、印は米同盟国にならない。インドは中国の一帯一路を印封じ込め策と見る一方米印で中国を逆封鎖する意図はなさそうだ。インドの懸念はインド洋での中国の活動であり対米協力は限定的だろう。

 5、中東は安定しない。米国がシリアやアフガニスタンなど中東での不必要なプレゼンスを減少させる可能性はあるが、そうした戦略的決断も中東の安定にとっては逆効果となる。一方、米軍が湾岸地域から全面撤退する可能性も乏しく、イランがこれに反発する限り、中東は不安定なまま迷走を続けるはずだ。

 6、欧州連合(EU)は分裂しない。欧州政治統合の目的は欧州が米露のはざまで埋没しないこと。この点につき欧州大陸の政治エリート間にコンセンサスがある。仮に英が離脱しても独仏が結束する限りEUは続く。今年最大の注目点は独内政だろう。

 7、露は諜報活動をやめない。諜報機関出身者が大統領である以上ロシアの対欧米スパイ工作は大統領の専権事項である。西側諸国はこの種の工作に引き続き脆弱(ぜいじゃく)だろう。

 8、トランプ米大統領は弾劾されない。ロシアゲート捜査が進んでも、大統領弾劾に発展する可能性は低い。トランプ氏の支持者が大統領を見限る可能性は低く、トランプ氏は「統治はしないが弾劾もされない」大統領の職にとどまるだろう。

 9、日本も大きく変わらない。最後に日本について。以上の国際情勢は日本にとって国益を最大化できる絶好のチャンスだ。他方、安倍晋三政権が続く限り現在の閉塞(へいそく)感を伴う内政状況は維持され日本の真の変化はポスト安倍時代に始まる可能性が高い。こうした内外のギャップは大いに気になるところだが、すべては参院選の結果次第だろう。