メディア掲載 グローバルエコノミー 2018.11.30
今回のアメリカ中間選挙でトランプ大統領率いる共和党が上院で多数を維持したことから、民主党は攻めきれなかった、ブルー・ウェイブ(青い波、青は民主党の色)は起きなかった、両党は引き分けである、といった評価が一般的であるように思われる。
上院は各省長官など行政府の幹部や最高裁判所の判事の任命を承認する権限を持っている。トランプ大統領が先月指名した保守系の判事カバノー氏の承認は、両党の激しい政治的対立を引き起こした。上院で過半数を占めたことは、トランプ政権が行政府の幹部や最高裁判所の判事を任命する際に承認を得やすくなるものとして、政権に有利な結果となったとされている。
トランプ政権は既に2名の保守系判事を最高裁判所に送り込み、最高裁判所は保守系が9名の判事中5名と過半数を占めるようになっている。最近になって85歳で最高齢のリベラル派判事が入院したため、彼女が引退すれば、さらに保守系判事を1名任命することが可能となる。
最高裁判所の判事に任期はないので、今後数十年ほど、中絶や同性婚に反対するなどの保守的な判決が出されることが想定される。これは保守派にとっては勝利、リベラル派にとっては敗北だろう。
また、大統領選挙の際、スイング・ステート(テキサスは共和党、カリフォルニアは民主党というように、ほとんどの州は大統領選挙の投票前から結果は予測できるのに対し、どちらに転ぶか分らず結果が読めない州をスイング・ステートと呼ぶ)の中でも選挙人が多くて重要なオハイオ州とフロリダ州の知事選挙で共和党候補が勝利したことは、トランプ再選に向けての大きな前進となったと受け止められた。
過去の大統領選挙後の中間選挙では、与党が敗北することが常だったなかで、共和党は善戦したというのが、大方の評価のようだ。トランプは上院で議席を増やしたことは滅多にないことだと自讃している。
しかし、そうなのだろうか?
まず、今回の選挙が、経済がかつてないほど好調で失業者もほとんどいないという状況で争われたことを忘れてはならない。与党、共和党に極めて有利な状況下で実施されたのである。
上院100議席のうち改選されたのは35議席、そのうち共和党は9議席を占めるだけだった。現職を当選させたその前の選挙で、民主党が大勝していたからである。既に上院の半数を占めていた共和党にとって、9議席以上獲得すれば過半数を握れるという楽な選挙だった。
しかも、民主党が守ろうとしていた26議席(州)のうち10の州では、2016年の大統領選挙でトランプが勝利していた。共和党に有利な選挙だったのである。
11月9日現在、未だに当否が判明しない3議席を除いて、共和党が9議席、民主党が23議席獲得している。この結果、非改選議席と合わせると、共和党51議席、民主党46議席、未確定3議席となっている。これをとらえて上院では共和党が勝利したと言われている。
しかし、今回の選挙だけについてみると、共和党は、9勝23敗、勝率28%である。これを勝利と呼ぶのだろうか? プロ野球の監督なら、共和党のリーダーであるトランプは、とっくに解任されていただろう。
2016年にトランプを大統領選挙で勝利させたラストベルトと言われる中西部では、共和党が勝ったのはインディアナとミズーリだけで、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ミネソタでは民主党が勝利している。トランプが69%の支持率を持つウェスト・バージニア州でも民主党候補が勝利した(ただし、この候補マンチン氏は、カバノー氏に承認票を投じた唯一の民主党議員だった)。
従来から共和党が圧倒していたテキサス州では、2016年大統領選挙の共和党予備選に出馬し、最後までトランプと共和党の大統領候補の指名争いを激しく闘った大物のテッド・クルーズ議員が、彗星のように現れた民主党のベト・オローク下院議員を僅差の末やっと振り切り、当選を果たすことができた。選挙当時、トランプが犯罪者やテロリストがいると攻撃した数千人の難民キャラバンが、アメリカを目指してメキシコを北上しており、メキシコと国境を接するテキサスの人たちが迫ってくる難民に恐怖を感じたことも、選挙に影響した。テッド・クルーズは幸運だった。
逆に、上院選での民主党の勝率は72%である。
今年、104勝49敗という圧倒的な強さでアメリカン・リーグ東地区の3連覇を達成し、続いてアメリカン・リーグを制覇し、さらにはワールド・シリーズ・チャンピオンとなった、ボストン・レッドソックスの勝率をも、アメリカン・フットボールで"The GOAT"(Greatest of All Time:史上最高の略)と称される名クォーターバック、トム・ブレイディ(ニューイングランド・ペイトリオッツ)のパス成功率をも、上回っている。スポーツの世界なら、圧巻の勝率である。
全議席が改選される下院選では、11月9日現在、民主党が225議席、共和党が201議席獲得している。民主党は改選前の193議席から32議席増である。当選した人の顔ぶれを見ると、女性が100名を超えるほど大きく進出したばかりか、その中でも、イスラム教徒、ソマリア難民出身、先住民出身など多様性に富んでいる。
これは、トランプ大統領に反発した女性や、銃規制が弱いことによる銃乱射事件の多発などに反発する若年層が、選挙に出向いたことが大きい。選挙結果は逆となったが、歌手のテイラー・スウィフトが、テネシー州の上院議員選挙で女性の権利向上を妨害する共和党候補に投票しないよう呼びかけたため、若者を中心に同州の有権者登録が記録的な伸びをみせた。同州だけでなく全米でも、選挙に関心を持たなかった若年層の投票率が向上した。
こうして、これまでは関心が低いとされてきた中間選挙に大統領選挙並みの関心が集まり、投票所の前には長い列ができた。これまで35%程度だった投票率が50%程度まで大幅に向上したことは、民主党にとって追い風となった。
これはデータでも示されている。3分の1だけの改選だった上院と異なり、全米で選挙が行われた下院の投票動向を見ると、女性は、59%が民主党、40%が共和党(男性は、47%が民主党、51%が共和党)、学歴では、大学卒の学位を持っている白人は、53%が民主党、45%が共和党(学位なしの白人の場合、37%が民主党、61%が共和党)、18~44歳の若年層では、61%が民主党、36%が共和党(45歳以上では、49%が民主党、50%が共和党)となっている。
それなのに、民主党が大勝しなかったのは、アメリカでは知事が下院の選挙区割りに大きな権限をもっており、これまで50州のうち約3分の2の33州で共和党が知事職を占め、共和党候補に有利な地区割りになっていたという要因が大きい。
今回、選挙が行われた36州の知事選でも民主党が躍進し、7つの州で知事職を奪還し、両党の知事数はほぼ拮抗する。これは、将来的には、民主党に有利に働く。
オハイオ州とフロリダ州の知事選挙で共和党候補が勝利したというが、オハイオ州の上院議員選挙では民主党が勝利し、フロリダ州では知事選挙も上院議員選挙も機械による得票率の差が0.5%以内の大接戦となり、2000年のブッシュとゴアによる大統領選挙と同じく、手作業による票の再集計が行われることになった。2000年の時は、ブッシュ291万2790票、ゴア291万2253票、わずか537票差だった。
このように、フロリダ州では接戦となりやすい。スイング・ステートと言われるゆえんである。共和党の支持基盤が厚い中で、初めての女性黒人知事(民主党)が生まれるかもしれないとして注目を集めたジョージア州の知事選挙も、同じく僅差の大接戦となり、決着がついていない。
このような民主党の勢いからすると、2020年の大統領・議会選挙で民主党は、大統領職と上下両院の多数を獲得できるという見方も出てくるかもしれない。
民主党が奪還したい上院の選挙については、2020年では今回とは逆に共和党が33議席のうち22議席を守らなければならない。民主党は5割の勝率でも上院でも多数派となれる。
しかし、民主党は大統領選挙で苦戦するという見方が支配的である。
一つは、民主党にトランプに対抗できる大統領候補者が見当たらないと言うことである。
しかし、2016年の大統領選挙前は、共和党が逆のことを言われていた。民主党がヒラリー・クリントンという有力な候補者を持っているのに対し、共和党は確たる候補者を持てなかった。同党の予備選挙では多数の候補が乱立した。
ところが、民主党予備選挙でヒラリー・クリントンは社会民主主義を標榜する左派のバーニー・サンダース上院議員に圧倒されるようになり、民主党の中道派と急進左派の対立が鮮明となり、これが大統領選挙に尾を引いた。逆に、共和党では、トランプが移民を防止するために壁"wall"を作るなどの過激な発言で、白人の人種差別的、排外的な本音の部分を揺さぶり、当初有力視された候補を抑え、大統領候補となった。
2008年には、大統領候補としての民主党の指名を確実視されていたヒラリー・クリントンに対し、2004年に上院議員になったばかりのバラク・オバマが民主党の指名を獲得し、大統領に駆け上がっている。
どのような人物がどのようなきっかけで大統領候補になるのか、予測できないのである。今回の選挙では、テキサスのベト・オローク、ジョージア州知事を争った黒人女性のステイシー・エイブラムス、フロリダ州知事を争った黒人のアンドリュー・ギラムは、全米の注目を集めた。特に、前2者は、伝統的な共和党の地盤で共和党候補に肉薄した。
また、民主党の中道派と急進左派の路線争いを統一する候補が出現できるかという問題も指摘されている。
しかし、今回の選挙で、多くの民主党候補が訴えたのも、トランプに脅かされたオバマケア(医療保険)の維持・充実だった。バーニー・サンダースの医療保険制度の拡充という主張を、民主党中道派が受け入れられないとは思えない。
また、州立大学の授業料無償化というサンダースの主張は、現在の異常に高い授業料への問題提起である。州立大学の平均の授業料は年間280万円である。州立大学の雄であり、全米から優秀な学生が集まるミシガン大学の場合、州内出身者は170万円、州外出身者は550万円も、授業料だけに払わなければならない。コロラド州に住む私のアメリカ人の友人も、娘をミシガン大学に行かせようと思ったが、授業料が高いので、ウィスコンシン大学に行かせることになったと言っていた。このような高額の授業料を支払うため、学生たちは少額のアルバイトと多額のローンでやり繰りしている。大学を卒業した途端、多額のローンの返済に追われることになる。無償化は無理でも、授業料軽減なら中道派も妥協できる。
今回の中間選挙で、共和党(赤)、民主党(青)のどちらが下院の議席を獲得したかというアメリカ全国の地図を一見すると、青は点的に存在しているだけで、ほとんどが赤である。共和党の圧勝のように見えるのだが、実際に勝ったのは民主党である。
なぜ、このようなことが起きるのか?
地図に落としてみた場合、共和党が議席を獲得した選挙区が圧倒的に見えるのは「トランプ、世界中を相手に貿易戦争へ」でも書いたように、民主党が面的には小さい都市および郊外生活者の、共和党が面的には大きい農村部の生活者の、政党になっているからである。
全米平均のデータは人口の多い都市部の投票パターンを反映するが、農村部では全米平均に示されたような動きは見られない。今回上院の議席を共和党が獲得した中西部のインディアナ州の場合、全国平均では際だった違いがあったのに、女性の投票は、民主党49%、共和党46%、白人の大学卒業者の投票は、民主党49%、共和党48%、若年層の投票は、民主党47%、共和党45%、とほとんど違いは見られない。
下院では、都市および郊外は面積的には小さいが、人口が多いため、多くの議席を有する。農村部はその逆である。共和党知事によるゲリマンダー的な地区割りという問題もあるが、下院の議席は人口に比例するので、都市的政党となった民主党が議席を伸ばしやすい。将来的にも、人口は農村部から都市部へ流出するので、下院では民主党がますます有利となるだろう。
しかし、上院は人口に関わらず各州2議席であり、かつ多くの州が農村部に位置するため、農村部政党となった共和党の議席が多くなる。2020年には、共和党が現職の州の多くが改選を迎えるが、これらのほとんどが農村部にあるため民主党が議席を獲得することは容易ではない。
以上からすれば、上院では共和党、下院では民主党が優位という構造は、継続していくものと思われる。
大統領選挙はどうだろうか?
各州の選挙人の数は、州人口に比例して配分される州選出の下院議員数と上院議員(どの州も2人)数の合計である。つまり、上院と下院の選挙の特徴の中間である。モンタナ、ノースダコタやワイオミングなど過疎的な地域の方が、人口見合いよりも選挙人を比較的多く配分されることとなる。これも、2016年のように、多くの票を獲得した候補者が敗北してしまう一つの要因となっている。
ただし、前述したように、ほとんどの州でどちらの党の候補者が勝つかは、あらかじめ予測されるので、選挙の帰趨はスイング・ステートの結果いかんによる。トランプが再選されるとすれば、農村部で取りこぼすことなく、スイング・ステートでも勝利することが必要である。
2016年の大統領選挙では、大接戦となったため選挙結果が長い期間確定しなかったミシガン州の知事は、今回民主党が獲得した。同じ中西部では、ウィスコンシン、ミネソタ、イリノイ、ペンシルベニア、ミネソタ、西部では、スイング・ステートとされてきたニューメキシコ、コロラドで、民主党知事が実現した。
トランプには農村部、特に中西部で敗北しないような政策が必要となるだろう。トランプの対中貿易戦争によって中西部の農家は大きな打撃を受けている。これが長期化すれば、彼らの共和党支持は動揺していく。さらに、自らの支持層のみに訴えるという今のトランプの手法では、フロリダなどのスイング・ステートで若者が多数投票所に向かうなどによって投票率が上昇する場合には、対応できない。
しかし、移民政策などであまりに柔軟になると、コアの支持層を逃がしてしまう。対応は難しい。いずれにしても、今まで通りの対応では、再選に黄色の信号が灯ったということではないだろうか。